短編 | ナノ
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――しょっちゅう寝坊するわ、忘れ物するわ、授業のサボタージュも常連だわで、部活の中でもかなりの問題児。

それが、クラスメイトの東堂尽八が語る自転車競技部の後輩、真波山岳の評価であった。
見た目は人懐っこそうで可愛い後輩という感じなのに、そこだけ聞くと何だか非常に残念な子だ。東堂からの存外辛辣な評価に、ミズキは「へえ」と気の抜けたような声を漏らした。

「あれでも実力はあるから、あとはあのだらしなささえ無くなれば安心して部を任せられるのだがなあ」

彼の所属する自転車競技部のことはよくわからないが、苦悩の息を吐いた東堂は、確かに後輩を案じる先輩の顔だった。いつもチャラけて馬鹿ばかりしているので、こういう表情は珍しい。ミズキはそれを見て、また「ふうん」と生返事をした。


……そもそも、何故東堂とミズキが真波の話をしているかといえば、彼らの前に真波がいるからであった。

もともとは東堂に用事があるとか何とかで、わざわざ三年教室にまで訪ねてきたのだが、その用事が終わるや否や、クラスのミーハーな女子たちから取り囲まれてしまったのだ。

普通ならふたつも学年が上の女子に取り囲まれて騒がれたら恐怖すら覚えるだろうに、やはり顔が良いから囲まれ慣れているのか。顔を触られたり、体に触れられたりとかなり好き勝手にされているというのに、彼の穏やかな笑顔は全く崩れていなかった。

今、ミズキの目の前にいる東堂という男も、真波以上に女子人気がすごいのだが、どちらかと言えば憧れの的という立場であるため、あんな風に無遠慮に触られたりすることは少ないような気がする。
女子からの人気を後輩に奪われかねない状況なのに、文句を言うどころか余裕の笑みを見せさえしている彼に目をやれば、視線に気が付いた東堂はミズキに向けてニヤリと口角をあげた。

「なんだ、オレの心配か?まあ、いくら真波とて、オレの美貌と天才的な実力には遠く及ばんからな。それにアイツには……あ、」

言いかけて止めた東堂にミズキが何事かと首をかしげる。すると彼の手がミズキの腕をグイと自分の方へ引き寄せ、近づいた距離でこんな耳打ちをしてきた。

≪ほら、また見てるぞ≫

東堂の可笑しそうな口調に、ミズキは反射的に視線をずらす。『誰が』なんてことは、この男にさんざん刷り込まれたのでわかっている。


先ほどまで、女子に囲まれて完璧な笑みを作っていたその人が、こちらを見ていた。嘘みたいに無表情のその瞳と目が合うと、すぐに逸らされて、元の作り笑いを浮かべているが、どこかぎこちないのがこちらからでもわかった。
その様子に、東堂はまた面白そうにクツクツと肩を震わせ、掴んでいたミズキの手を離す。

「おや。どうやらヤキモチを焼いてしまったようだな?」
「後輩いじめて遊ぶのやめなよ……」

深くため息をついて、恥ずかしさで赤くなった顔を隠すために、少しだけ俯いた。





自転車競技部の期待の新人がミズキを好いているという噂を聞かされたのは、今からちょうど一ヶ月ほど前の事だった。

当時、ミズキは真波のことを東堂をよく訪ねてくる後輩程度にしか認識しておらず、もちろん話したことすらなかった。
ミズキがふと彼に目をやると目が合うことが多かったので『よく人の目を見る子だな』とは思っていたのだけれど。

用があると言って訪ねてきたはずなのに、東堂そっちのけでこちらばかり見ていて怒られたり、ああやって上級生の女子たちに囲まれても、事あるごとに視線を投げてきたり。

それがあまりに頻繁で、自分の見た目にどこかおかしいところがあるのではないかと不安になって男友達の東堂に相談したところ、彼は「いや、どう考えても違うだろう」と呆れたように息をついていた。

「じゃあ、どうして?」

問うたミズキに、彼は考えるフリをしながら自分のこめかみあたりを指でトントンと叩き、唸る。なんとわざとらしい。本当はわかっているくせにと不機嫌丸出しで膨れたフリをすれば、彼は慌てたように「わかった、わかった」とミズキをなだめ、それから声を潜めて、耳打ちをした。

「人が何かを見つめるのは、どんな時だと思う」
「ええ?気になるところがあるから……とか」
「そう。気になるからだな」

ーーでは真波の行動を振り返ってみようか。

そんな遠回しな言い方をしてくる東堂に少し苛立ちを感じながらも、ミズキは素直に思い返してみた。

真波が教室に来ると、いつも目が合った。ということは、彼はミズキを見ていたということになる。見ていた理由に東堂の理論を当てはめてみると……。

「わかった!つまり真波くんは私のことが気にな……え?!」

足りない頭で必死で考え、導き出した答えを口にしてから驚きの声を上げれば、途端、東堂が吹き出して腹を抱えて笑い出した。一人コントかよ、と、おそらく数分間は笑われ続けただろうか。

東堂が息も絶え絶えでやっとミズキに向き直った頃、タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどそこに話題の種となっていた真波がいつもの如きゆるい感じで教室のドアを開けて入ってきた。

「東堂さーん!いますか?」

間延びした声が、ミズキの向かいに座っていた男の名を呼ぶ。呼んでいるのに、その瞳は東堂ではなく、まっすぐにミズキの方に向いていた。
目が合った瞬間にニッコリと柔らかく微笑んでくるその仕草を、今までは『人懐こい子』としか思っていなかったのに、直前まで話していた内容が内容だけに思わず目をそらしてしまった。

そんなミズキに東堂が苦笑して、席を立つ。真波が見ているのがいくらミズキだとしても、呼ばれたのは東堂であるから応じなければならないのだ。

そういえば東堂は以前から、真波が教室に来て自分を呼び出すとうんざりしながら「メールで良いだろう」とか「電話で言え」とか言っていたような気がする。

大事な用でもないのに上級生の教室に来たがるくらい東堂に懷いているのかと思っていたが……――

「アイツは、ミズキが気になるそうだ」

去り際にポソリと言った東堂の言葉に、ミズキはキッと睨んで返す。照れ隠しにそんなことをしたって全然怖くないのは自分でもわかっていたけれど、半分八つ当たりのようなものだった。

どうしていいかわからない頭は混乱していて、顔なんてきっと真っ赤だ。もちろん教室口にいる真波の顔など見れなくて、彼らがいる方とは逆の窓側に顔を向けて誤魔化した。

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