84:攻め込まれると弱い性質



「〜〜痛ったああああ!!」

ゴン、とかなり重い音がしたその一瞬の後、しおりの絶叫が周囲に響き渡る。
彼女はしばらく痛みに悶えるように地面をゴロゴロとのた打ち回っていたが、やがて鈍くなってきた痛みと共にガバリと起き上がり、東堂を鋭く睨みつけると激しく糾弾した。

その表情の中には先ほどまでのしおらしさなど少しだって残っていない。思わず笑いが漏れれば、彼女はそのことにも怒ったような声をあげて、見事に赤くなった額をゆび指しながら文句を垂れていた。

「仮にも女の子の顔に攻撃は駄目でしょう!」
「大丈夫だ、オレの美しい顔にも傷がついたからお互い様だ!」
「それは自業自得でしょうが!!」

痛さで目に涙の薄い膜を浮かべて訴えかけてくる彼女の瞳は生きていた。
迷いなく見つめてくる。感じていたであろう後ろめたささえ、今は忘れている。

(ああ、やはりこっちの方が好きだ)

人に気を遣って縮こまっている彼女よりも、こうやって自分たちと馬鹿みたいに騒いでいる彼女の方が彼女らしい。

「なあしおり」

未だに文句たらたらの彼女を呼べば、不機嫌な瞳がこちらに向いてじとりと睨みつけてくる。
自分の視線より幾分か下にある彼女の頭に手を伸ばし、じゃじゃ馬を落ち着かせるようにポンポンと軽く叩いた。

東堂の中に、もう迷いはなかった。

「……言われなくても、オレは好きなように走るぞ」

それがどんなに無謀な挑戦なのだとしても、それで元気になってくれるなら。不安を取り除けるのなら。

「それで救えるなら、それがオレの走り方だ」

意味は彼女にだけ分かればいい。伝えた途端にしおりの頬が紅を潮したのが見えて、東堂は満足げに笑んだ。
彼女の手の甲に自分の手を重ねて、逃げられない程度に少しだけ力を入れて握る。そうして先の頭突きで赤くなった彼女の額にもう一度顔を寄せて、今度はそっと触れさせた。

「例え独りになったって守るから」

だから安心しろ、と、ごちたセリフは果たして彼女に向けたものだったのか、はたまた自分に言い聞かせるための自己暗示だったのか。

まあ、どちらでもいいかと大雑把な結論を出して苦笑すれば、それを合図に硬直していた彼女がハッと自我を取り戻し慌てて東堂から距離をとったのが見えた。


性質の悪い冗談と取ろうとして張り付けた笑顔は完全に引きつっている。顔だって、首元まで真っ赤になっていて、何やら冷や汗までかいているようだ。

悪戯が過ぎただろうか。だって、彼女があまりにもいじらしいことを言うものだからつい嬉しくなってしまったのだ。
スキンシップが物足りないという視線を投げれば、彼女はそれを避けるように目を逸らす。

「あっ……あの!わた、わたしそういえばまだ仕事あったんだった!ありがとう!ゆっくり休んで!さよなら!」

慌てふためき、逃げるように走り去ったしおりに、東堂は思わず吹き出して笑った。
なんて色気のないかわし方だろう。特に最後。
「さよなら」ってなんだ。他に思いつく語彙はなかったのか。
自分も攻められると弱い性質だが、彼女は全くそれ以上だ。

そうしてひとしきり笑った後、やけに軽くなった胸を撫でて、息をつく。笑いすぎて涙まで浮かんできている目尻を拭いながらポケットを漁り、そこから携帯電話を取り出して画面を開いた。

色恋沙汰に疎い彼女の為に、何としてでも今日のポイント王になる決意はできた。しかし、それだけではまだ最善ではない。

電話帳を開き、ある番号を呼び出すと携帯を耳に当てる。数コールの後、相手が出たのを確認して東堂は言葉を紡いだ。

「やあ、いきなり済まない。実はしおりのことで頼みたいことがあるんだが聞いてくれるか」

東堂尽八、天に三物を与えられ、かつ抜け目のない良い男だ。
自称ではない。誰がどう見たってそういう評価を下すはずだ。

……それが本当なのかどうなのかは、きっと半日後にはわかるであろう。


 
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