57:優しい君との再会を



焦れるような速さで列が前方まで進むと、もうすぐ受付に届くというところで急に前を歩いていた泉田が立ち止まった。

……人は急には止まれない。後ろが詰まっているのなら、なおさらだ。

「わっ」と声をあげ、しおりが慣性の法則に抗えぬままに彼の背中にぶつかる。その衝撃にハッとした泉田が振り返り、慌てたように謝罪を口にした。

「す、すみません!!」
「あはは、だいじょうぶ、大丈夫」

男の子の体は、大きくて硬い。そんなものに思い切りぶつかったわけだから、本当のことを言えばかなり痛かったのだが、そこは先輩心だ。ただでさえ緊張で恐縮しきっている後輩にこれ以上心配など掛けられない。
そう思い、何でもないという風を装って笑顔で泉田を見上げれば、その彼の後ろに一際目立つ姿を見つけ、口先まで出かかっていたフォローの言葉も忘れてそちらに目を奪われてしまった。

……裕に190センチはあるだろうか。
長身の男が、自分たちの目の前にたたずんでいた。

その長身の具合と言えば、この部室の中にひしめき合う数多の男たちの誰から見ても、頭ひとつ分抜きに出ている。

この部には、高身長の者から低身長の者まで様々な体系の者がいるが、彼の異様なほどの身長は、その誰よりも目立つ特徴であるに違いなかった。

おそらく、泉田が急に立ち止まった原因というのも彼にあるのだろう。受付前で、急に目の前に現れた見上げる程の大男に驚いて、自然と足が静止してしまったのだ。



ぬっ、という擬音がしっくりくるようなゆったりとした動きで、長身の彼がこちらに近づいてきた。やはり、目立つからだろうか。これだけ混み合っているというのに、彼が進もうとする先は人の波が自然と割れて道が出来ていくようだった。

「……こんにちは」

身をかがめながら覗きこまれて声をかけられる。その得体のしれない妙な迫力に、しおりの後ろについていた黒田が微かに体を硬直させる気配がした。

ボンヤリとした瞳だ。けれど濁りのないその瞳が、まっすぐと自分を見下ろしてくる。
しおりはその視線をジッと見つめ返し、そうして、小さく問いかけるように呟いた。

「シキバ……?」

途端に彼の顔がパッと明るくなり、聞き覚えのある懐かしい声が嬉しそうに肯定を叫ぶ。同時に伸びてきた彼の長い手がしおりの肩を抱き、無遠慮に強く引き寄せてきた。

「ぶっ、」

ゴチン、と先ほどぶつけた鼻を、彼の肩口にぶつけてしまう。可愛げのない声が漏れてしまったが、どうやら感極まった彼には聞こえなかったらしい。
力一杯に抱きしめられてギシギシと痛む上半身に、しおりは何とか動く手で彼の背をバシバシと叩いて静止を求めた。

「シキバ!葦木場!痛いってば!」
「あ、ごめんなさい」

彼女の言葉に反応してやっと腕の力を解いた彼は、言葉でこそ謝りこそしたものの、いかにもしおりに構って欲しいと顔に書いてあるように表情を煌めかせている。

……いつだって、どんな時だって、マイペース。

変わらない彼に、思わずくすりと笑って、しおりは自分よりだいぶ高い位置にある彼の頭を撫でてやった。





*******





シキバ……こと葦木場拓斗は、しおりの中学時代の部活の後輩であった。

昔から長身で、学校中の誰より背の高かった彼は、いつだって目立つ存在だった。しかし、自身はそんなことを全く気にしないおっとりとした性格で、下級生に『レース前とレース後のギャップがすごくて怖い』と恐れられていたしおりにも気兼ねなく話しかけてくれる、数少ない後輩でもあった。

その関係を変えてしまったは、もちろんあの事故だ。
しおりが何年も、大好きだった自転車を憎み、嫌うハメになるきっかけを作ったあの事故。

荒れに荒れて、部活も退部し、自転車との関わりを全く断ち切ろうとしていたしおり。

それでも優しい彼は、ことあるごとに教室に顔を見せ、しおりを慕っていた他の後輩と一緒にふさぎ込む彼女を遊びに誘ったり、特技のピアノを聞かせてくれたりと、彼なりの慰めをしてくれたのだ。

無理に自転車の話題を振ってきたりはしない。ただ、ひとりの友人として。後輩として。落ち込むしおりを元気づけようとしてくれようとしていた。

けれど、彼らがしおりを誘いにくる回数は時が経つにつれて徐々に減っていき、事故から3か月後にはパッタリと途絶えてしまった。
それは彼らの意思ではない。原因は精神的に衰弱したしおりの弱さと、他の部員からの根回しによるものだった。

あの頃のしおりといえば、自転車という単語すら見たくない程ふさぎ込んでいたので、部員であり、自転車に乗ることも出来る彼らを見るのが辛いという気持ちが先立ってしまい、頻繁に顔を見せに来る後輩たちを避けるように生活していたのだ。

そして、その様子をみた他の部員たちが、しおりに気を遣って、彼らに命じたのだった。

『しおりを刺激しないように』『近づかないように』と。

酷い話だ。優しい彼らは、自分の為を思って行動してくれていたのに。
あまりにも子供で、打たれ弱くて、いっぱいいっぱいだったしおりには、彼らの優しさを受け止める程の余裕がなかったのだ。

今でも思い出す。廊下で会うたびに、何か言いたげな瞳でこちらを見つめ、しかし諦めたように逸らす彼らの表情を。
どうしようもない罪悪感と、寂しさを感じてズキリと痛む胸。

その感覚が蘇ってくるような気がして、酷く泣きたくなった。




 
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