47:をちこち



女性が好むデートスポットと言えばどこだろう。

そう問われてパッと思い浮かぶのは、おしゃれなカフェや、可愛い雑貨屋。それに、雰囲気の良いブティックだ。
それらの店に行くと、女性たちはまるで子供のようにはしゃいで、連れのことも忘れて延々と店内を物色し始める。
長い買い物に付き合うのは、確かに根気がいるが、可愛い女の子が可愛いものに囲まれて目をキラキラ輝かせているのは、実に愛らしいと感じていた。

……しかし、どうにも今日、自分が一緒にいる女性は一味違うのだ。

大好きなものに囲まれて嬉しそうにしているのは同じ。酷く幸せそうな顔をして、うっとりと商品を見つめているその表情はまさにショッピング中の女性のそれだ。

けれど、彼女が心を奪われている物というのが特殊なのである。
それは、可愛い服でも、巨大なぬいぐるみでも、はたまた小洒落たスイーツなんかでもない。

彼女を虜にしているのは、自転車部品とそれらの機能性を熱心に語るショップのオッサンたち。
サイクルショップに行くと聞いた時点で、もしかしたらと多少の覚悟はしていたが、こんなに予想通りに動くとは思わなかった。
単純明快過ぎる彼女の行動に、新開は少しだけ肩を落として、ため息をついた。

「しおり、サークルジャージは……」
「ちょっと待って、このディレイラーの性能をもう少し聞いてから」

促そうとした新開の言葉に返す彼女。けれどその目は、眼前にある最新式のパーツしか映してはいない。……駄目だ、これは。
こうなったら、もう動かないだろう。なにせ彼女は自転車馬鹿なのだ。自分もそうだという自覚はあるが、きっと彼女ほどではない。

そもそもの原因は、サイクルショップに入った途端、当初の目的であるサイクルジャージの売り場へ行くどころか、目についたパーツ売り場へ突撃しに行ってしまったこの自転車マニアのせいだ。
そして、あまりにも熱心にパーツを眺める彼女に興味を持ったショップ店員が話しかけてきたのも原因のひとつである。

もし新開が、フラフラとパーツコーナーへ歩き出した彼女の軌道をきちんと修正していれば。
もしくは、暇にかまけたショップ店員のオッサンたちが彼女に話しかけてなど来ずに自分たちの仕事を全うしていれば、こんな事態にはならなかったはずなのに。
なんて、過去のことを悔やんだって仕方がない。

ついには売り物のフレームまで持ち出してパーツ会議を始めだしてしまった彼らに、新開は説得を諦めて、一人ベンチへと腰かけた。

「引きずってでも連れて行くべきだったかな」

ボヤキながら、ベンチの低さのせいで余った足をダラリと伸ばし、背もたれに寄り掛かる。
そうだ、無理にでもウェア売り場まで連れて行けさえすれば、彼女がこんなところでオッサンたちの話術に引っかかることはなく、今頃二人で楽しく試着会だったはずなのだ。

色とりどりのサイクルジャージに身を包む彼女が、その度に少し恥ずかしげに「どう?」なんて微笑みかけてくれるのを楽しみにしていたというのに、どうやらこの妄想が叶うのは当分先の話になりそうだ。

この煮え切らない気持ちを誰にぶつければ良いかもわからない。
手持ち無沙汰に耐えかねて、ぐるりと店内を見回すと、ふと、店内の一角の目立つ位置に小さな特集コーナーが作られているのが目に入った。

どうせ彼女はパーツに夢中だし、暇がてらに見てみようと重い腰を上げて歩を進める。
フレームなどの派手な特集コーナーと比べるとかなりささやかな区画ではあったが、そこに並べられたある商品に、新開は一瞬で目を奪われた。

――細身のフォルムに、曲線美。あまりにもしっくりくる、その模様。
おそるおそる手に取れば、滑らかな肌触りが上質さを物語っている。それを手にした瞬間、新開は、思わずフッと笑いが漏れるのを止めることが出来なかった。






**********







しおりが我に返ったとき、彼女は自分が店に入ってからどのくらい時間が経っているかもわからない状態であった。

わかるのは、かなりの時間をショップ店員たちと話し込んでいたという事実と、一緒に来たはずの新開が隣にいないということ。嫌な予感がして、慌てて携帯電話の画面を見れば、もう昼時と言っても過言ではないくらいの時刻になってしまっていた。

「うわ、やば……」

視線を動かし、新開を探す。最後に彼を見たときは、確か近くのベンチに腰を下ろしていたはずだ。しかし、肝心のベンチに彼の姿はない。

店内を見て回っているのだろうか。それとも、怒って帰ってしまった?

懇意にしてくれた店員たちに礼を言い、焦る気持ちで彼を探しに行こうと踏み出せば、ほんの数歩踏み出したところで、後ろから手を掴まれ、止められてしまった。

「おいおい、またオレのこと置いていく気か?」
「……っ新開くん!ごめんなさい。私、つい夢中になっちゃって」

探し人を見つけてホッとするも、自分から誘っておいて長いことほったらかしにしてしまったことへの罪悪感は重い。素直に頭を下げれば、彼はあれだけ待たされておきながらも、「良いよ」と存外サラリとしおりの罪を許してくれた。

そんな彼に驚いたのはしおりの方だ。てっきり膨れて口もきいてくれないかと想像していたのに、そんな態度は今の彼からは微塵も感じられない。

やはり、彼は同年代から見ても大人びているというか、何というか。

きっと自分なら、怒りにまかせてパフェのひとつでも奢らせているところだろうに、彼はそんな素振りさえ見せずにいつも通りに笑って、手に持った紙袋を、ガサリと揺らした。

……ん、紙袋?
思わず茶色いそれに目をやると、そこには今いるサイクルショップのロゴが入っているようだった。どうやら、彼は自分がパーツに夢中になっている間に買い物を済ませていたらしい。

怒っていないどころか、少々ご機嫌にも見える理由は、この為だろうか。

中身が気になったが、そんなことをしている場合ではないことに気が付き、しおりは掴まれたままの手で、逆に彼を出口の方へと引っ張った。

「帰ろう、急がないと遅くなっちゃう」
「遅くなるって……まだ昼前だけど。それにおめさん、サイクルジャージ選んでないだろ」
「いいの!買い物にはいつでも来れるけど、今日の練習時間は今日しか取れないんだから!」

なるほどしおりの言う「遅くなる」とは、新開の自主練の時間の話らしい。
確かに、今から二人で試着などを始めれば少なくともあと小一時間はかかってしまう。きっと、そこから部室に行って練習を始めれば、時刻は夕方前くらいになるだろう。とすると自主練の時間はあたりが暗くなり始めるまでの数時間だけ。
いつもの練習時間と比べると、少し心もとない練習時間であることは間違いなかった。

だからこそ、彼女は急いでいるのだ。自分のせいで選手の練習に支障が出ることを極端に嫌う性格だから。

夏合宿の時だって、皆に迷惑をかけるからと、事故のトラウマを隠して全部一人で抱え込もうとしていたし、今だってそうだ。
今日の本筋はサイクルジャージ購入なのに、彼女の頭には午後からの練習のことしかないのだろう。

走りだしそうな程に急いでいる彼女の顔は、必死そのものだ。
そんな彼女の気迫に反論する勇気などなく、新開は引かれるがままに、帰りの電車に飛び乗ったのだった。


 
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