41:ノロマな誇り



夏の深緑に溶け込むような、鮮やかな色の髪に目を奪われた。世にも珍しい、タマ虫色の髪の毛だ。肩あたりまで伸びたそれが、その人の動きに合わせて揺れているのが見えた。

体を左右に大きく揺さぶってのダンシングスタイル。何故それでバランスが取れるのかというくらい倒された車体が、それでも確実に頂上へと進んでいく。

長い手足を持っているからこそできるスタイルなのだろう。きっと自己流だ。
だって、もしも誰かに教わっているのなら、あんなフォームでのぼることを許されるはずがないからだ。

どのスポーツでもいえることではあるが、フォームの乱れというのは選手にとって大敵である。変なクセがついては成績も出ないし、何より体の故障の原因になることだってあるのだ。

だから、あんな滅茶苦茶なダンシングなんて、いの一番に直される対象であることは間違いない。

けれどその人は、この激坂を、体を大きく振って、髪を揺らめかせながら、グイグイとのぼっていく。さほど速くはない。なのに、その背中になんだか執念のようなものを感じて、しおりは思わず、前を行くその人の背中を追いかけ始めた。

ペダルを漕ぐ足にかかる圧を踏みしめて前に進む。久しぶりにのぼっても、やっぱりこの坂はキツい。
けれど、目の前にいる未知に触れてみたい一心で、ひたすらにペダルを回す。

近づいてくる車輪の音に、その人も驚いたのだろう。一心不乱に前を見ていたその視線をこちらへ向け、そこにしおりの姿を捉えると、驚いたように目を見開いていた。

「こんにちは!」
「は?ああ……こんにちは、ショ」

第一印象は挨拶から。そう思って、苦しいのを隠して目一杯の笑顔を向ければ、彼は顔をひきつらせながら不自然に口角をあげてみせた。……もしかして、それで笑っているつもりなのだろうか。

笑顔が不器用な男たちに慣れてはいるが、それでもこれは不器用すぎる。この快晴の空の下、おおよそ爽やかとは言えない笑みを浮かべる彼に、苦笑を返して、その隣に並んだ。

チラリと、彼の跨る愛車に目をやる。白、赤、黒が基調のタイムだ。フランス産の、カーボンフレームロードバイク。
……全く、良い自転車に乗っている。
タイムといえば、フレームだけで何十万の高級車だ。庶民には、手も出ないような車種である。

もちろんただ乗っているだけではなく、しっかりメンテナンスもしているらしい。あのダンシングフォームを練習したためについたのであろう。フレームにはかなりの数の傷がついていたが、それでもピカピカに磨き上げられ、大事に乗られているのがすぐにわかった。
そして、彼の体にも、愛車に負けないくらいの努力の痕がある。擦り傷や切り傷の痕まみれの体に、自転車馬鹿の片りんを見た気がしてしおりは自然と口端が上がってくるのを止められなかった。

「面白い走りね」
「別に……キモいで良いッショ」
「あれ、誇り持ってるからその走り方してるんじゃないの?」

問えば、彼は一瞬驚いたような顔をして、それから気まずそうに頬を掻いた。どうやら図星らしい。
そりゃあそうだ。だって、彼の自転車の扱い方は素人のそれではない。ギアチェンジのタイミングも、ペダルの回し方も、長いこと自転車に乗って、練習してきたからこそ身に付く技術なのだ。
それを持った上で、けれどこのスタイルを辞めないということは、彼がそれだけこの走りに可能性を抱いているということ。
フレームの傷も、彼自身の傷も、その可能性への努力の証なのだ。

そこを突けば、彼は「……ショオ」と、肯定とも否定とも取れないような奇妙な返事をして、ただただ照れた隠しするように視線を坂の上へと向ける。
それに連動するようにしおりも、と彼の視線の先へと目を向ければ、坂は今、ちょうど中腹あたりに差し掛かっているところだった。

ここからは、緩いカーブからの直線と、つづら折りの道だ。
斜度も、ラストスパートに向けてグッと上がる。これがこの坂の一番キツいコース。そして、何よりも燃えるコースでもあった。

もう一度、隣を走る彼を見る。汗だくの顔が、まっすぐと前を見ている。どうやら、この坂を前に心を燃やしてしまうのは自分だけではないらしい。しおりが並走して話しかけてしまったが為に止めてしまった独特のダンシングも、解禁の時をうずうずと待っているかのように見えた。

「……ねえ、勝負しようか」

とたん、並走していた、彼の目の色が変わったのが見えた。誰からの誘いであろうと、勝負と聞けば燃えてしまう。単純明快なそれは、間違いなく自転車馬鹿の性なのである。

彼からの返事を聞かず、しおりが木々の隙間から見え隠れする坂の頂上を指さして、ゴールを示すと、彼もそれに黙ってうなずき、スタートの準備をし始めた。

……変わったのぼり方をする、彼が誰なのかしおりは知らない。もちろん彼も、しおりを知らないだろう。

わかるのは、目の前にはひどく魅力的な激坂があり、隣には実力も、名前すら知らない自転車乗りがいるということだけ。
一戦交える理由としては、それだけで十分だった。

ハンドルをグッと強く握って、前傾姿勢になる。相手も同じように、ダンシングの姿勢に構えたのを見て、これから始まる勝負への嬉しさに顔がゆるんでくるのを止められなかった。

「負けた方が飲み物おごりで!」
「クハッ!いいッショ!」
「じゃあ、行くよ。レディ・ゴー!!」

飛び出す影が大きく揺れる。
進む景色、視界の端には未知のライバル。ああ、やっぱり勝負は気持ちいい。
鳥肌が立つほど高揚する気持ちを、ペダルを漕ぐ足だけにぶつけて、前に進んだ。





 
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