2:隣の席くん



悪いことは、続くもの。
そう思い知らされたのは、入学式後のクラスでの自己紹介の時だった。

自己紹介が始まるまでは良かったのだ。同居人は残念ながら違うクラスだったが、周りの席の女の子たちはみんな良い人で、こちらが地元じゃないしおりに箱根のあれこれを教えてくれたり、一緒にお昼を食べる約束もした。

隣の席の男の子も、カチューシャを付けていたり、多少ナルシストな所もあるが、口が減らないので話しやすい。担任の教師が教室に入ってくるまで、彼が大真面目にスキンケアの話をするのを笑い転げながら聞いたりして、本当に、悪くない出だしだったのだ。

けれど朝のホームルームと称したクラスメイトの自己紹介が始まって、隣の席の彼の番になった時、その最悪は起こってしまった。
自信満々に席から立ち上がり、よっぽど目立つのが好きなのだろう。ぐるりと教室を見まわして、皆が自分に視線を向けているのを確認してから、息を吸い込んだ。

「東堂尽八!趣味はロードバイク!高校では愛車のリドレーで山岳賞を総なめにして、最終的にはインターハイ優勝する。おっと、サインなら今のうちだぞ。俺は有名になるのだからな。もちろん自転車競技部に入部希望だ!よろしく頼む」

彼の発言はナルシストなうえ、ウザいことこの上ないが、どうしてか憎めない親近感を含んでいる。クラス中がドッと湧く中、隣の席のしおりだけは笑えなかった。

嘘嘘嘘嘘。こんなの絶対嘘だ。

自転車には関わらないって、さっき決めたばかりなのに、よりにもよって隣の席の男子が自転車競技部希望だなんて。
箱根学園は、生徒数も多い分、運動部の種類だってそれこそ何十もある。その中でピンポイントで自転車競技部の男の子が隣になる可能性など、どれくらい低いのだろう。

驚きと、絶望とで仰け反れば、バランスを崩して椅子からガタンと落ちてしまった。

みんなの視線が突き刺さる。なのに、目の前の自称クライマーから目が離せない。ああ、神様はどうして私を自転車から解放してくれないのか。
すると彼は、そんなしおりを見てにんまりと目を細めると、助け起こす為の手を差し伸べて、言った。

「なんだしおり!まさかオレに見惚れたのか?だが残念だが恋人は今のところロードバイクなのだ!すまんな!お詫びに第二ボタンの予約権をやろうじゃないか!」
「い……いらないわよ!」
「何故だ!レアだぞ!」
「そんなもの、貰った瞬間この窓から投げ捨ててやるんだから!」

ビシッと教室の窓を指差したしおりに、東堂の顔が絶望色に染まる。
箱根学園の一年教室は三階にあり、中でもこのクラスは窓の下が見渡す限り森なのだ。そんな所から小さなボタンを投げたが最後、きっと一生見つからないであろう。

盛大に振られた東堂に、周りからまた笑いが起きる中、しおりは差し出された手を取らず、自分で立ち上がって席に戻った。

どうやら今の騒動で、クラスの皆の緊張はだいぶほぐれたらしい。後に続き自己紹介する生徒たちの表情には笑顔すら浮かび、皆もにこやかにそれを迎えていた。

腑に落ちないのはしおりだけだ。仏頂面で、東堂がいる席とは反対方向に顔を向け、頬杖をつく。
……関わりを持たないはずだったのに、つい空気に流されて思わず突っ込みを入れてしまった。

もう話さない。親しくもしない。彼に罪はないが、彼の趣味が罪なのだ。
すると、不意にツンツンと肘のあたりを突かれ、机の上にポン、と紙切れを投げ置かれた。犯人はもちろん隣の席の東堂で、しおりが嫌そうな顔をすると、「いいから開け」と今しがた置いた紙を指差していた。
どうやら手紙か何からしい。開いてみると、意外にも整った字で文字が羅列してある。どれどれ何が書いてあるのか。

『その歳でピンクのフリフリパンツはいささか幼すぎやしないだろうか』

ガターン!

先ほどとは比にならない程の音。しかし倒れたのはしおりではなく、しおりからの全力蹴りをくらった東堂であった。


 
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