20:サイクリング・パレード



「着いたぞ」

色々な葛藤が頭の中を駆け巡っていた最中、急に声をかけられしおりはパッと前を向いた。
彼らの「見せたいもの」にはいつも驚かされるから、今回も短い時間でそれなりの覚悟はしていたはずだったが、心構えをしていたって、やっぱり驚いてしまった。

そこには、良くも悪くも、自分と付き合いの深い自転車競技部1年の面々が顔を連ねていた。
ただひとつ違うのは、彼らがいつものピチピチのサイクルジャージとレーパン姿ではなく、ただの学校指定の制服姿でロードバイクに跨っていることだ。

福富が手を上げれば、談笑していた彼らの視線がこちらに向く。しおりの姿を認識した途端湧きあがる男達の歓声に、彼女は先ほど感じた嫌な予感をさらに強めた。

「ひゅう!寿一お手柄だな」
「しおり良く来たな!ほーら、やっぱり『ラブレター大作戦』は効果絶大だろう!」
「ちょっと、何よ『ラブレター大作戦』って?」
「おっと、今のは無しだ」

パッと口を隠した東堂から、悪だくみの匂いを感じてしおりが詰め寄る。胸倉でも掴んでやろうと彼のワイシャツの襟もとに手を伸ばそうとすると、それを止めるように福富がしおりと東堂の間に割って入った。

「まあ待て。案は東堂だが、実行したのはオレだ。騙すような真似をして済まなかった」
「そうだぞしおり!ちなみに、素直に差し出し人を書いたら来てくれないだろうから無記名で出せと言ったのは荒北だ」
「ドサクサにまぎれてバラしてんじゃねえ!」
「ちなみにオレはハートのシール係ね。クラスの女の子に頼んで譲って貰ったんだ。ドキドキした?」
「あんたたちねえ……」

完全にいつものノリだ。感慨深さなんてどこにもありはしない。
つまり、この『ラブレター大作戦』という悪趣味な計画は、は東堂が原案、策士は荒北、実行に福富、ついでの目くらましに新開という形で遂行されたらしい。

なんて幼稚な作戦。
けれど、そんなものに見事に引っかかってしまった自分も十分幼稚である。

大きなため息をついてうなだれていると、ある事実に気がついて、しおりは首をかしげながら、ふと彼らの方へと顔向けた。

「そういえば今日、部活は?」

今日は平日。今の時間帯だと、どの部も部活動をやっているはずだ。
もちろんそれは自転車競技部も例には漏れず、漏れないどころがインターハイ前であるから、どの部よりもより一層力を入れて練習をしているはずだった。

けれど、目の前の彼らは部活に行っていない。それどころか、活動着にも着替えてないでこんな所をぶらぶらしているのだ。怪訝に眉をひそめれば、彼らは少し押し黙り、そして代表役として、福富が口を開いた。

「サイクリングに行くんだ」
「……は?」
「だから部活はサボりだ。主将にも話は付けてある。しおりも一緒に行こう」
「福ちゃん何言ってるの?冗談、だよね?」
「至って本気だ」

淡々と、そう言い放った福富。
彼のその態度に、しおりの中の何かが音を立てて切れるのが聞こえた。

この大事な時期にサボってサイクリング?
何様のつもりなの?

3年の先輩たちは、勝っても負けてもこれで最後のインターハイなのに。
どんなに出たくたって、インターハイという舞台にすら上がれなかった選手だって、沢山いるのに。

東堂の時に掴み損ねた胸倉を、福富で実行する。圧倒的な身長差はどうにもならないから、両手で彼の襟もとを掴んで引き寄せ、近づいた彼の無表情に、力いっぱいの平手を食らわせた。

パン、と乾いた音が辺りに響く。
ビリビリと、打った手のひらに傷みが走ったが、そんなものどうでもいい。今は怒りで、何も考えられなかった。

「福ちゃんが、そんな人だと思わなかった!!」

声が震える。彼らがどんな理由で部活をサボろうが、自転車を捨てた自分には関係ないはずなのに、どうしてかしおりの胸は裏切られた気持ちでいっぱいになっていた。

尊敬していたのだ。何に変えても自転車が一番という、彼らのゆるぎない情熱を。
微笑ましかったのだ。少しばかり煩わしいが、嬉々として自転車を語るその表情が。

今年のインターハイは、おしくも1年生がメンバーに加われなかったと風の噂で聞いた。
けれど、だからといってサイクリングの為にサボり?出場する選手達を支えるためにやることなど、山ほどあるのに。来年に向けて、準備することなど星の数ほどあるのに!!

イライラが治まらず、今度は福富の胸をこぶしで打った。
厚い胸板。鍛えられた体。一日二日じゃ、これほどの筋肉は作れない。
じゃあ、これは、何のために作り上げて来たの?

「信じられないっ……ばか、福ちゃんの馬鹿あ!」

どうしてか、酷く悔しくて、ボロボロと涙がこぼれて来た。福富はそれを無言で受け止め、しおりを見下ろしている。

やがて、しおりの後ろから新開がそっと彼女の両腕を捉え、固く握りしめられた拳を手のひらで包み込んだ。

「しおり、もうやめておけ。こんなに爪食い込ませて……一番痛いのはおめさんだろ」
「でもっ……!」
「本当は分かってるんだろ。寿一が、オレ達がくだらない理由で部活サボるわけないって」
「分かってるよ!分かってるから、皆が何を考えているのか分からなくて腹が立つの!」
「じゃあ、信じてくれよ。オレ達と行こう」

肩を抱きかかえられるように、新開はゆっくりとしおりを自分達のロードバイクの所へ誘導していく。
色とりどりの美しいフォルム。磨き抜かれたそれらは、大事に大事に乗られて来たのだろう。厳しい練習と、激しいレースでの争いで付いたであろう傷はあったが、とても綺麗だった。

その中に、一台だけ少し小ぶりなロードバイクを見つけて、しおりは「あっ」と声を上げた。
そこにあったのは、しおりの愛車であったラピエール。以前新開が見せたいものがあると言って披露してくれた時以来の再開だが、久々に見たそれもまた、ピカピカと光って、悔しいくらい美しかった。

そうだ。こんな風に自転車を扱う人たちが、部活で手を抜くわけがない。レースに出られないからって、自転車を蔑ろにするわけがない。

それでもまだ完全に信じることは出来なくて、困ったように近くにいた荒北を見れば、彼は泣き顔の彼女に戸惑っているのか、「早くしろヨ」なんて頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
不器用な優しさに励まされて、しおりはそっと、ラピエールに触れてみる。

ハンドルは女性の小さな手でも握りやすい細いタイプのテープが巻いてあるし、サドルも女性用の穴あきサドルだ。
これは彼女だけのロードバイクで、これは彼女に乗ってもらえることを待っている。

けれど、もし自分がこれに跨ってそのサイクリングとやらに参加したところで、一緒に走る相手は重度の自転車馬鹿たちだ。
毎日毎日ロードバイクを乗り回し、その為だけに生きているような男達。
そんな中で走ったら、いくら経験者といえども自分などあっという間に置いて行かれてしまうだろう。

それに、サイクルジャージもレーパンも持っていないし、シューズも、クリートだって用意していない。自転車に乗るにはいくらなんでも準備不足過ぎる。
ブツブツと足りない物を呟いているしおりに、今度は東堂が、朗らかに声をかけて来た。

「何もいらんよ。必要なのは、愛車とオレたちだけだ。ゆっくりと走るだけだから、安心するといい」

ポンと背中を押され、しおりはまだ迷いながらも、えい、と勢いでロードバイクに跨った。
固いサドルが骨に当たって少し痛い。どうやら、体は完全に自転車乗りからは遠く離れた造りになってしまっているようで、それが少し寂しかった。

けれど、あんなに避け続けて来た自転車に、自分はいま、跨っている。
自転車好きの男達に追い回され、背中を押されて、嫌がりながらも、ちゃんとここにいる。
意固地になって逃げて来たのが馬鹿馬鹿しく思えるくらいにすんなりと、彼らは自分を受け入れ、そして愛車も、帰ってきた乗り主をしっかりと受け止めていた。

「さあ、行こう。ゴールはあの丘の上だ」

福富の合図とともに、ゆっくりと集団が動き出す。選手達に囲まれて進むその様は、まるでレーススタート直後のパレードのようで。フラッシュバックする幸せな思い出に、しおりはまた、目の奥がジンと熱くなるのを止められなかった。


 
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