19:うっかりポスト



下駄箱を開けると、白い封筒がひらりと舞い落ちてきて、しおりは反射的に目で追った。
音もなく生徒玄関のすのこの上に落ちたそれ。
入学してから何度目かの出来ごとに、困ったように眉尻を下げた。

――高校生といえば、男女関係なく多感なお年頃であり、そして恋に恋する生き物だ。しおりだって一端の女子高校生であるから、そういうことに興味がないわけではない。
けれど今まで恋愛感情とか、そういった類のものに縁がなかった為未だに人を好くという感情がわからないのだ。

だから以前、同じような手紙で呼び出されて告白された時、丁重にお断りさせてもらった。
なんの取り柄もない自分に、特別な感情を持ってくれたことはすごく嬉しい。けれど、自分はその人たちと同じ「好き」で見られる自信がないから。
子供のようだと思われるかもしれないが、大人になり切れていない未熟な精神が、自分に恋愛事などまだ早いと言っているように思えたのだ。

落としてしまった封筒を、指先でそっと拾い上げて丁寧に裏返す。
おあつらえ向きのハートのシールなどを見れば、この手紙の主が何を求めているのかなどすぐに分かった。

大事な気持ちを破いてしまわないように、不器用ながらも丁寧にシールをはがす。
中には外見と同じく真っ白な便せんが綺麗に折り畳まれて入れてあり、しおりはそれを何だか複雑なような、くすぐったいような気持ちで取り出した。

少しだけ震える指で、二つ折りの便せんを開く。カサリと音を立てて広がったそこには、几帳面そうなきっちりとした字で、こう書き込まれていた。

『佐藤しおり様。大事な話があります。放課後、正門前まで来てください』

名前も何もない手紙。
通常ならつらつらと書き連ねてある愛の文章も、そこにはない。焦って書き忘れたのだろうか。だとしたら、とんだ慌てんぼうさんだ。

「しかも、待ち合わせ場所が正門前って」

手紙の主は、まさかそんな目立つ所で告白するのだろうか。お願いだから、間違ってもそれだけはやめて欲しい。
何もかもが突拍子もない手紙。多分、いろんな意味で今までで一番強烈だ。

自分はきっと、この告白を断るだろう。
けれど、このうっかりな手紙の主に会うのは、少し楽しみなような気がした。






**********







「正門前って、ここで良いのよね?」

手紙を読んでから、ものの数分で正門にたどり着いたしおりは、落ち着かない気分でその人を待っていた。
どうやら手紙の主はまだ待ち合わせ場所に来ていないらしい。それらしい人がいないかとそわそわして待っていると、何だかこちらが告白する側なように思えてしまって、無駄なことはせずに大人しく待つことにした。

正門の大きな校名表札に寄り掛かり息を吐く。
どんな言葉で断ったらいいのか。罪悪感やら、恥ずかしさやらで頭がぐるぐると回り出しそうだ。

ええと、よく少女漫画である「あなたのこと、友達以上に見れないの」とか?
……いや、まずその人が自分の友達である可能性の方が低いからこれは没だ。

じゃあ、「好きな人がいるの」とか?
駄目だ。せっかく真剣に告白してくれたのに、それを嘘で返すなんて出来ない。
相手が分からないから、断り方さえ図れない。

ああ、一体どうすれば……――

「待ったか?」

頭を抱えていた所に、いきなり声をかけられて心臓が飛び出てしまうのではないかと思うくらいに跳ねた。
うわ、どうしよう。まだ何も考えていないのに。
多分いま自分は酷く困った顔をしている。顔だって、真っ赤だ。パニックになりそうな感情を押さえつけ、おそるおそる顔を上げれば、そこにいた意外な人物に、しおりは目を丸く見開いた。

「……福ちゃん?」
「ああ。どうした、顔が赤いぞ。それに泣きそうな顔をしている。何かあったか」
「何もないの、ないんだけど……あれ?」

疑問符が頭一杯に浮かんで、しおりは首をかしげた。いま、福富は自分に「待ったか」と声をかけて来なかったか。
ということはつまり、自分を呼び出したのは福富ということだ。

え?え?どういうこと?
福ちゃんって私のこと好きだったの?いや、私も好きだけど、そういう好きではなくて、ただライバルとしてとか、人間性とか、そういう面で好きということであって。

「しおり、百面相になってるぞ」
「へっ!?だ……だって!!」

だって、相手が福富だなんて予想もしていなかったのだ。
これで自分が断ったら、今までの関係は気まずくなって、崩れてしまうのだろうか。
誰かと付き合うつもりはない。それは、福富が相手だろうと同じ事だ。

じわりと滲み始める涙を隠すように俯けば、そんなしおりに、福富は優しく手を伸ばし、大きくごつごつした手でしおりの手を掴んだ。

「強引なやり方ですまない。だが、こうでもしないとしおりはちゃんと話もしてくれないから」

否定は出来ない。だってしおりは、自転車に関わるものからとことん逃げ続けているのだから。もちろん自転車競技部の福富だってその例には漏れない。言葉を濁せば、福富はふっと笑って首を小さく振った。

「いいんだ、わかっている。じゃあ、行こう」
「え。行くって、何処へ?」
「手紙に書いただろう。『大事な話がある』って。見せたいものがあるんだ」

その言葉に、しおりの心がドキリと脈打つ。ときめいたのではない。嫌な予感がしたのだ。
福富を信じていない訳ではない。けれど、自転車競技部の男達の言う「見せたいものがある」で、何度振り回されたかわからないのだ。

東堂には、「てっぺん」の景色を見せられた。
新開には、蘇った愛車の姿を見せられた。

それはどちらも自転車に関わるもので。彼らはしおりに自転車の世界へ戻ってきて欲しいと本気で懇願して来たのだ。
そして、目の前にいる福富もきっと、同じことをする。
眩しいほどの自転車の素晴らしさをちらつかせて、諦めた自分を誘惑するのだ。

(いやだ)

ほだされたくない。まだあの事故のフラッシュバックが訪れるのだって辛い。時が来るまで、そっとしておいて欲しい。
なのに、この手を振り払えないのは何故なのか。

逃げられないように、強く握られた手がやけに熱くて、何だか無性に泣きたくなった。


 
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