14:嫌われる勇気を



授業の合間の10分休憩。
今日も今日とて、自転車競技部の面々はしおりをマネージャーに勧誘しようと、張りきって自転車の話を振ってきていた。
このロードバイクをどう思うだとか、この選手はどうだとか。ひっきりなしに問いかけてくる彼らだが、けれどいつもの勢いがない。

それもそのはず。いつもなら3人で猛攻してくるのに、今日この場にいるのは東堂と福富の2人だけで新開がいないのだ。いや、今日だけではない。昨日もその前の日だって、彼は教室にやってこなかった。

移動教室がてら、開いていた新開の教室の扉の奥に彼の姿を見たので、休んでいるわけではないと思うのだが、これはおかしい。
ヒートアップする話題の途中で、しおりが何気なく「新開くんどうしたの?」と問いかければ、それに応えたのは福富だった。

「新開は、自転車の整備をしている」
「え、こんな短い休み時間に?自転車の調子でも悪いの?」
「いや、そういうわけではなく、ラピ…」
「おっと。そろそろ休憩時間が終わるぞ。フク、じゃあ話の続きはまた後でしようではないか!」

何か言いかけた福富のセリフを無理矢理切って、東堂が話を終わらせる。福富も、何か察した様に潔く身を引いたので、事情が呑み込めないしおりとしてはなんだか腑に落ちない。
教室を出て行く福富の後ろ姿を見送った後、邪魔をした東堂を睨めば、彼は意味ありげに含み笑いを返してきた。

「まあ、今日あたり来るのではないか」

ボソリ、そう言った東堂に、しおりはさらに首をかしげた。





**********





結局その日、新開はどの休憩時間にも、昼休みにさえ顔をださず、放課後になってしまった。
部活に入っていないしおりは専らすぐに帰宅する派だ。さあ帰ろうと、勉強道具をカバンに詰め込み席を立ちあがろうとすると、廊下の方から、何やら騒がしい声が聞こえて来たのが聞こえた。

「ちょっ、ちょっとタンマ!」
「待たない。出来あがったのなら堂々と見せれば良いだろう」
「だからその心構えが出来るまでちょっと待ってくれって言ってんの!」

ワーワーと、実に煩い。
現にクラスメイト達もなんだなんだと声のする廊下に目をやっていて、あの東堂でさえポカンと口を開けていた。
声の主は……もちろんあの人たちだろう。

腹から声が出ているのか何なのか、彼らはただ普通に話しているだけでも非常に目立つ声をしている。
間髪いれずにしおりたちの教室の扉を開けた人物の顔を見て、しおりは「やっぱり」と息をついた。

「何を騒いでいるのだ、フク、隼人!」

声をかけた東堂に、呼ばれた二人の視線がこちらに向く。新開の腕をしっかりと掴んでいる福富と、掴まれている新開。しおりの姿を見た瞬間、顔をサッと白くして逃げようとする新開を、福富がしっかりとホールドしたまま引きずってきた。

「ええと、数日ぶり…だね?」
「……」

戸惑いながらも声をかけるも、新開は厚い唇を拗ねたように尖らせて、そっぽを向いたまま視線を合わせない。
いつも飄々としていて、どんなことでもサラリとかわしてしまうイメージがある彼なだけに、駄々をこねた子供のような表情はなんだか新鮮だった。

……しかし、こんなに拒まれるなんて、自分は彼に何かしたのだろうか。

そりゃあ、思い当たることはたくさんあるのだけれど。だって、しおりは彼らが熱心に勧誘に来ているのに、それに答えもせずに逃げ回っているのだ。自転車なんか、絶対乗らないと。自転車自転車競技部になんて入らないと。そう言っては、目をそむけている。

それでも彼らがめげずに追いかけてくるから、その忍耐強さと優しさに甘えて突っぱねていたのだ。
普通だったら、自分の好きなものを貶されて平気なはずはない。

しおりが「ごめんね」と小さくつぶやけば、数日ぶりに視線が交わった彼の瞳は、驚きで見開かれていた。

「嫌な思いさせたね、私のこと嫌いになった?」
「な……にを、」
「私に会うのが嫌だったから、ここ最近教室に来なかったんでしょ。自転車整備なんて嘘ついて」
「違う、オレは……」
「いいの、いいの!自分でも可愛くない性格だと思ってるし、嫌われてとうぜ…」
「オレは!!」

突然の大声に、シンとなる放課後の教室。にぎやかな喧騒が消え、皆が騒ぎの中心にいる二人を見ている。

「オレは、しおりちゃんに嫌われたくないんだ」

思いがけない返答に、今度はしおりが目をまんまるくした。自分が、新開を嫌う?その逆はあったとしても、それだけはあり得ない話だ。

だって彼には嫌われる要素などないから。
自転車に夢中で、一生懸命で。積み重ねて来た実績も、プライドもあるのに、勝利よりも人助けを優先してしまうお人よし。そして、なんたってしおりの命の恩人である。
とても魅力的な人だと思う。だから、しおりが彼を嫌うなんてことはあり得ない。

未だ驚きで話せないしおりに、新開は彼女の手を掴み、そっと引いた。

「見て欲しいものがある。一緒に来てくれ」

また『見せたいもの』だ。東堂の時もそうだったが、自転車競技部の男たちは『見せたいもの』が多すぎる気がする。しかも、それが自分を自転車の道に引き戻そうとする方へ効果的に揺さぶってくれるので、自転車から離れたいこちらとしては堪ったものではない。

なのに、嫌なら振りほどけばいいのに。
その力にあらがうことなく素直に立ちあがったのは、彼の表情がいつになく真剣だったからかもしれない。

放課後の紅が燃えている。
強烈な一日の終わりを告げる光に、重なった二人の影が長く長く伸びていた。



 
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