113:最初のひとくちを



部室で行なわれたクリスマスパーティーは、部員たちによって非常に賑やかな様子で進行していった。

誰かがどこからか拝借してきた壊れかけの長テーブルに所狭しと並べられた料理は参加者それぞれが持ち寄ったものである。
……が、圧倒的に肉類の量が多いのは男ばかりの運動部ならではの光景なのだろう。

そんなことだろうと見越して野菜中心の料理を持ってきたしおりの判断は、どうやら間違っていなかったようだ。
山盛りにされた肉にどこかゲンナリとした表情を浮かべていた一部の部員たちが、彼女の持ってきたタッパーの中身を認めた瞬間ピコンと目が覚めたように破顔したのが可笑しかった。

「そんなに野菜がほしいなら持ってくればよかったのに」
「いや、だって一番食べたいのは肉だったんですもん」

誰かは持ってくると思ってたけど見事に肉ばっかでさー、と文句を言う後輩……黒田が持ってきたのも、もちろん肉だ。
マフラーを取りながら話すしおりのそばでタッパーにばかり目が行っている後輩に苦笑すれば、笑われたことに気がついた彼はギクリと一瞬体をこわばらせたあと頬を赤らめて拗ねたように目をそらしてしまった。

そんな彼を横目に、しおりは自分の持ってきたおかず類を既に料理でギュウギュウになっている長テーブルに隙間を作って並べていく。
どうにか全て収めきると、くるりと不機嫌な後輩を振り返り、そちらへ手を差し出した。

「……は?」
「え?」

キョトンとする黒田に、しおりも不思議そうな声色で返す。

「だって野菜欲しいんじゃないの?ほら、お皿貸して」
「えっ!あー……いや。自分でやるんで!」
「もー、並べるついでだから、早く!」

黒田の握りしめていた紙皿を半ば強引に奪い取り、彼女はひょいひょいと慣れたように後輩が欲しがっていたおかずを皿に盛り付けていく。
その時点でしおりたちの近くにいた他の部員の多くが黒田に鋭い眼差しを向けていたが、ここまで来てしまえば後々巻き込まれるであろう嫉妬の嵐の規模は変わらない。気が付いていないフリをして、皿におかずをよそう彼女の後ろ姿を見ていた。

「どのくらい食べる?」
「……できるだけ沢山」
「オトコノコだねえ」

穏やかで優しい時間は、まるで……その。自分もいつか迎えるであろう新婚生活のそれのようで、否応なしに胸が高鳴ってしまう。

「これ、先輩の手作りッスか」
「うん。っていっても切って混ぜるだけとか簡単なヤツだけどー……っと、これくらいで良い?」
「はい」

女性らしく見栄え良く盛られた皿にドギマギしながら皿を受け取る。
自転車のことになると男よりも男勝りで、筋が通っていない行動をすると自分よりガタイ良い男どもを平気で叱りつけたりする、色んな意味で怖い先輩――それが黒田の中での彼女の印象である。

……なのに、手料理が食べられるって思うだけで嬉しいと思ってしまうって、これってどうなんだ。

手渡された皿から香る手料理の優しい匂いに、口の中でじゅわりと食欲の唾液が分泌された。

「い、いただきます」

箸を入れ、野菜をつまむ。彼女が見ている。
手料理の最初の一口を味わおうと大きく口を開けて箸を口もとへ持っていった――瞬間。
目の前の彼女の口が、驚いたように「あ」と開かれたのが見えた。

途端、黒田の手首がガシリと掴まれた、後方に引かれてバランスを崩す。
大事な手料理は元より落とさないようにとしっかり箸の先端で掴んでいたので落ちはしなかった。
だが、落としたつもりもないのに、掴んでいたはずの野菜の感覚がふと箸先からなくなって、黒田は咄嗟にそちらへ振り返った。


――無惨に空っぽになった割り箸のすぐそばに、ギラリと鋭く目を光らせた荒北の顔があった。
咀嚼している口の中に入っているのは間違いなく黒田から強奪したおかずだろう。味わうように何度も何度も噛み締めているそれだけの姿だったが、黒田はふいに違和感を覚えた。

同じ部活ということもあり、黒田はこの極悪面の先輩の食事風景を何度も見かけている。確かこの人は大きな口いっぱいに食べ物を放り込み、必要最低限だけ咀嚼してゴクリと呑み込む、早食い選手かと突っ込みたくなるような食べ方をしていたはずだ。こんなに一口を噛んで食べる人ではない。

「な、ん……」

感じた疑問を問いかけようとした瞬間、荒北の発達した喉仏がゴクリの上下して、口の中のモノが胃の中へ落ち込んだことがわかった。
そこで黒田はハッとする。
突然のことに呆けていたが、自分の取ってもらった料理が荒北に食べられたことに気がついたのだ。

「ちょっと荒北さ……ーー」
「うめェ」

文句を言おうと食ってかかる黒田には目もくれず、荒北はまっすぐに前を見てそう言った。いや、『前』ではないのだろう。前ではなくて。

恐る恐る、荒北が見つめる視線の先を追う。辿っていった先には予想通り、彼が今食べた料理の製作者がいて。
困ったような、泣きそうな顔を真赤に火照らせて動けなくなっていた。

そんな彼らを見て黒田は思い出す。
ああ、そういえば先日の土砂崩れ事故のニュースが黒田の周りでもだいぶ話題になっていた。繰り返し流される事故現場の様子とブルーシートの隙間から見える抱き合う二人の男女の映像。

部活以外にはものぐさで、面倒くせェが口癖のこの人があんなに必死になってるところを、黒田は初めて見て、少なからず衝撃を受けたのだ。
もちろんそれは彼らをよく知る部員たちも同じようで、本人たちに直接は聞かないが、思っていることは皆似通ったものだった。

「佐藤先輩……」

呼びかけに、停止したまま動かなかったしおりの視線が微かにブレて黒田の方に向く。

「あの、先輩は、その……もう、荒北さんと……?」
「っ……!!」
「え!あっ、佐藤先輩?!」

言いかけたところで弾かれたように逃げ出してしまった彼女の背中に声をかけるが、当然のことながら止まってなどくれない。取り残されて呆然とする黒田に、背後からククッと楽しげな笑い声が聞こえたと思ったら、両肩がのしっと重くなって耳元で囁かれた。

「……クソエリートもたまには気の利いたこと言うじゃねえか」

ぽん、と肩を叩かれて肩の重みから解放される。ひらひらと手を振りながら彼女が逃げたのと同じ方向に逃げた方へ向かう彼の姿を、黒田は何も言えずに見送ることしかできなかった。



 
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