ストロング・ガールズ
「ねえ、お願い!協力してあげて!」
昼休みの校舎裏。さあ今日もいつものメンバーと学食へ行こうとしていた矢先、突然女子のグループに呼び出され、何を言われるかと思えば『これ』だ。
もう何度目かすらわからない、自転車競技部の部員たちへの色恋沙汰の協力要請に、私はため息をついた。
我が箱根学園、自転車競技部は、王者たる故、校内での注目度も非常に高いのだが、それに輪をかけて個人個人がなかなかに濃い性格をしている為、いい意味でも悪い意味でもかなり目立った存在なのである。
――大好きな部活に没頭し、馬鹿騒ぎをして、いつだって明るく楽しく生きている。
そんな青春を謳歌している彼らの姿は、さぞ輝いて見えるのだろう。故に、箱根学園には彼らに想いを寄せる女子たちがひしめき合っていた。
そんな彼女たちのタイプを分けると、二種類に分類できる。
まず一種類目は、自分で想いをぶつけに行く肉食系のタイプだ。ガンガン想いの丈をぶつけ、グイグイ押すのが彼女たちの特徴で、自転車のことばかりで異性への耐性がない部員たちは、これでコロッと行ってしまうことが多い。
もちろん、付き合ったが最後、彼女の押しが強い分、部員が尻に引かれるのは目に見えているのだけれど。
しかし、世の中の女子たちの誰もが当たって砕けろなタイプなわけではない。
多くの女子たちは大抵は告白する勇気が持てず、友達に相談しまくって既成事実を作って、ジワジワと意中の相手を周りから囲っていくタイプなのだ。これが、二種類目のタイプ。
要するに、女子高生というのは、恋愛ごとに対して非常に熱心で、そして驚くほど計算高いのである。
その彼女たちの計画的計算の中で、自転車競技部唯一の女子であるマネージャーである自分は、非常に利用価値の高い同性であり得るらしいのだ。
マネージャーといえば、放課後の彼らの時間に最も多く接する立場。彼女たちは、彼らに一番近い場所にいる自分を仲間に引き入れれば、かなり大きい戦果をもたらしてくれると、信じて疑わないのだった。
けれど、そんな恋する女子たちの頼みを毎回のように聞かされる方は、たまったものではない。
だって、彼らと長時間一緒にいるとはいえ、その時間のほとんどは、誰もが真剣に部活をしているのだ。
選手も、マネージャーも、自転車のことだけを考えている空間。そんな中で、恋愛がどうこうなどという話を持ち出そうものなら、きっと頭を冷やして来いとつまみ出されてしまうだろう。
恋愛するもしないも、人の自由だ。したければ、すればいい。
けれどそれに他人を巻き込むのはどうなのか。恋愛というものをしたことがない自分には理解もできなかったが、彼女たちのやり方は、あまり好きではなかった。
自分を囲む女子グループ。その真の相談者は、前で威勢よく声をあげる彼女……ではなく、輪の後ろで小さくなってもじもじしている少女ただ一人だ。
彼女のお目当ては、自転車競技部一の……いや、箱根学園一のナルシスト、東堂尽八らしい。
……小さくて、女の子らしくて、ふわふわしていて、抱きしめたらいい匂いがしそう。
普通に男子人気が高そうなのに、何故あのお祭り男がいいのか。理解に苦しむが、人の趣味をとやかくいう資格は自分にはない。
威圧を放ってお願いという名の強要を申し出てくる女子グループには目もくれず、私はしっかりと、主役であるはずの彼女の方だけを見て、口を開いた。
「ごめんね、協力は出来ないや」
「え……、」
まさか、断られるとは思っていなかったらしい彼女は、伏せていた目を驚いたようにこちらに向け、サッと顔色を蒼くした。
それもそうだ。総じて女子というのは、こういう時に恋する女の子の味方でなければいけないのだ。泣き出しそうな、儚げな瞳に、少しだけ罪悪感を覚えたが、協力できないものは、出来ないのだ。
確かに断ったので、「それじゃあ」とその場を去ろうとすると、いかにも世話焼きそうな女子の一人が、怒ったような声をあげて私の手を強く掴んで行かせんとしてきた。
向けられた視線は酷く鋭い。殺気立つほどの眼光に、私はさほど驚くこともなく、まっすぐと視線を返した。
「アンタ別に東堂くんの彼女じゃないんでしょ。だったら協力しなさいよ!この子がかわいそうでしょ?」
「でも、協力したところで私には何も出来ないし」
「そんなこと言って、本当は東堂くんを取られるのが嫌なんでしょ!ハッキリ言いなさいよ!」
勢いのまま、校舎の白壁に背中を押しつけられて、強くぶつけたそこが少し痛む。思わず顔をゆがめると、さすがに怪我をさせてはまずいと思ったのか、ハッとした彼女の手が私から離れた。
それでも彼女たちから向けられる非難するような視線は消えてはおらず、気まずい沈黙だけがその場を支配していた。
……これが、上手な女の子なら適当に協力すると頷いて、適当に聞き流して皆が円満ということをやってのけたりするのだろうか。
けれど、自転車競技部は人間関係において不器用な者たちが多いのだ。素直じゃなくて、負けず嫌い。間違った道へそれてしまいそうになると、拳でわからせる、そんな体育会系脳なのだ。選手も、そして、マネージャーも。
押しつけられて、乱れた長い髪を掻き上げて顔をあげた。
開いた瞳。その色に、彼女たちがグッと息をのみ、後ずさりしたのを見た。
「確かに東堂君に彼女が出来たら寂しいかもね。これだけ一緒にいるんだもの、それがなくなって寂しいのは、当然でしょ」
ーーでも、だからと言って人の幸せを邪魔するような真似は絶対にしない。
だって、そんなの、不毛以外の何物でもないではないか。完全にひるんでいる彼女たちから視線を外し、隅で小さくなっている例の少女の方へと距離を詰めれば、少女はビクリと体を震わせ、こちらを見上げてきた。
「ねえ、私が手を貸さなきゃ、東堂くんを落とす自信ない?」
「だ……だって、東堂君モテるし、他の女子にも人気あるし、私なんかじゃ、」
「馬鹿ね。簡単に手に入らないから、燃えるんじゃない」
倍率が高いから、人気があるから。
その分沢山努力しなければ、手に入らない。
「私はそういうの、すごく燃えるんだよね。あなたは、違う?」
問うた私に、少女は目を丸くする。その黒い瞳が、一瞬迷うように揺れたのを、私は見逃さなかった。
……ハッキリ言えば、恋だ愛だのことは、よくわからない。したことも、する予定も、今のところないから。
でも、わかるのは、この事案が、周りに守られ、お膳立てしてもらって叶うような恋ではないということだ。
自分で動かなければ、何も変わりはしない。たとえ自分が協力したところで、この子が頑張らなければ、実らない。
いまだ呆然とこちらを見ている少女に、私は今度は少しだけ口調を柔らかくして、畳み掛けるように言った。
「東堂くんは、あなたにとって努力して手に入れる価値がない男?私はそうは思わないけど」
言えば、少女は、かあ、と顔を真っ赤にして、それから可愛らしく両手で顔を隠してしまう。
ああ、泣いてしまうだろうか。
けれどそんな予想とは裏腹に、すぐに顔をあげた少女の表情は明るく、決心のついたような瞳で、こちらを射抜いていた。
「がんばったら、振り向いてくれるかな?」
「わからない。けど、その努力は無駄にはならないと思う」
「そ、そうだよね、わたし頑張ってみる!ごめんなさい、ありがとう!」
ペコリとお辞儀をして走り去っていく少女に、彼女を守っていた女子たちが戸惑ったような声をあげ、追いかけていく。それを暖かな目で見送くると、私は、独り言のようにぽつり呟いた。
「……モテるね、東堂くん」
物陰で、ギクリと震えた肩を見た。
女子グループからの呼び出しなんて、大抵良いものではないのだ。大方、何かあったときに飛び出して来てくれようとしたのだろう。心配性の彼らしい。
先ほど壁に押し付けられたとき、思わず飛び出さんとする彼の姿が見えたのだ。大事には至らなかったのと、彼女たちの立ち位置からでは死角であったのが幸いして、バレてはいなかったようだけれど。
そろりと顔を出した彼は、思いの他顔を赤らめている。そんな彼に、私は思わず吹き出してしまう。だって、茹蛸みたいに、真っ赤なのだ。こんな彼、初めて見た。
「女の子から好かれるのなんて、慣れてるのかと思った」
そういって涙をぬぐうしぐさをする私を、彼はまだ赤面冷めやらぬ顔で恨めしそうに睨みつけてくる。
「慣れているさ。なにせオレは美形だからな。けど、」
「けど?」
「……いや、良い」
きょとんとして聞き返す私に、東堂くんは拗ねたような表情を作ると、くるりと踵を返してしまう。その隣を当然のように占領して一緒に歩けば、彼の歩幅が、自分のものから私の歩幅に変わっていった。
ほら、優しい。この人は、やっぱり努力してでも手に入れる価値のある人だ。
調子に乗るから、絶対に言わないけど。
「さっきの子、可愛かったね」
「そうだな」
「ねえ、もしあの子に告白されたら、付き合う?」
「とりあえず今は誰とも付き合う気はない」
「どうして?」
問えば、東堂はちらりと彼女に目をやって、すぐに前を向いた。
「オレに彼女ができると寂しがるどうしようもないマネージャーがいるらしいのだ。だから、その子のご機嫌取りで手が離せない」
――彼女に泣かれると弱いんだ。
悪戯に笑った彼の綺麗な横顔に、私は熱くなる頬を隠しながら「馬鹿、」と小さく呟いた。
2014/08/04【拍手お礼文】