可愛い人



福富寿一はわかりにくい。

何がそういう印象を植え付けてしまっているのかと、よくよく観察してみれば、思い当たる点がいくつかあった。

たとえば、いつ何時でも崩れない鉄仮面に、高校生らしからぬ冷静さ。加えてあの寡黙さとか。

自転車競技部はいつも騒がしいと言われてはいるが、実際騒いでいるのは彼に集う仲間たちであって、彼自身が年相応にはしゃぐ様子など一度たりとも目撃されたことはなかった。

顔つき自体は、精悍で、実に男らしい。なので稀にコアなファンは付くのだが、高校という狭い枠組みの中で人気が出るのは、ほとんどの場合が愛想が良く人当たりの優しい人物だ。
そのどちらにも属さない彼は、基本的におおよその女子生徒からは「怖い人かもしれない」という理不尽な理由で恐れられ、さほど人気はないのであった。







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「ねえ、福富くんのこと怖いと思ったことないの?」

放課後の教室の中。友人たちから投げかけられた問いに、話題の彼が所属する自転車競技部のマネージャーである彼女は、少しきょとんとした後、すぐに大きく首を振って「まさか」と否定をした。

「え〜、本当?だって話しかけても一言で会話終わっちゃうし、怒ってるのかなって思って」

眉間にグッと力を入れて、彼のまねをしているらしい友人たちに、彼女は苦笑いをもって返す。
普通なら、彼のことを何も知らないのになんてことを言うんだと憤慨するところではあるが、実は、この質問を投げかけられるのは初めてではないので、いちいち怒ってもキリがないと諦めてしまっているのだ。

入学当初から、福富と話しているのを目撃されるたびに、色々な人に恐る恐る同じようなことを問われ、その誤解を解く説明をする。
もはや、それが彼女の中でそれがルーチンワークと化しているのだった。

けれど彼女としては、部内で一番優しいのは誰か、と問われたら、間違いなく福富と答える自信がある。
頼りがいがあって、けれど周りをしっかり見ていて、誰かが困ったり悩んだりしているとすかさず傍にいてくれる。

確かに口数は少ないが、それは無駄口を叩かないというだけだ。
あの小うるさい同期たちとつるんでいるせいでそう見えるだけで、自転車のことになるとものすごく話すし、情熱的なのだ。

「それに、最近はすごく表情豊かになってきたと思うんだけどなあ」

ぽつりと言えば、友人はさも信じられないという顔で疑いのまなざしをこちらに向けてくる。

……失礼な。

友人たちの反応が不服だった彼女は、「しょうがないなあ」と息をつき、自分のスカートのポケットを探ると、そこから携帯電話を取り出してみせた。
手慣れたように何かをカチカチと操作して、何かを探し出すと、その画面を友人たちにズイと見せる。

「ほら、これが私があげたリンゴ味の飴を新開くんに食べられて不機嫌になってる福ちゃん、こっちがレースで優勝して上機嫌な福ちゃん!」

向けられたフォルダ画面を覗き込んだ友人たちに、彼女は自信たっぷりな解説付きで次々と写真を見せていく。

部室に迷い込んだ猫と戯れる福ちゃん、新開と意見が分かれてしかめっ面の福ちゃん、自己ベスト更新で喜んでいる福ちゃん……――

大好きな福富のことを説明する、彼女のその表情は、非常に楽しそうである。

ただ、ひとつだけ問題なのは、友人たちには写真に写った彼の表情の変化が全くわからないことでだった。

どれもこれも、画面に映っているのは無表情で仏頂面の彼だ。少なくとも友人たちの目にはそうとしか見えない。
けれど、彼女にはその微妙な変化がわかるらしく、一人でキャッキャと騒ぎながら画面をスクロールさせていた。

「それにね、福ちゃん笑うと可愛いんだよ。あ、これこれ。笑ったレア写真が……――」
「……そんなもの、見せなくていい」

突然降ってきた太い声に、それまでぼんやりと彼女の福富自慢を聞いていた友人たちが「あ」と声を上げる。取り上げられた携帯電話を追う彼女の視線が宙を泳ぎ、その人に行き着くと、嬉しそうに細められたのが見えた。

「馬鹿をやっていないで部活に行くぞ」
「ふふ、はあい」

そそくさと荷物をまとめ、友人たちに「またね」と手を振る彼女を待って、福富がちらりと友人に目をやり、すぐに逸らす。
ややあって、彼女の準備ができたところで、福富は画面を閉じた携帯電話を持ち主へと返すと、彼女と連れ立って、歩き出した。

……まるで嵐のような騒がしさだ。
やっぱり、自転車競技部は騒がしい。部員だけではない、マネージャーも含めて、だ。
残された友人たちは、そこでポカンと口を半開きにすることしかできなかった。

けれどひとつだけ、見方が変わったことがある。
それは、今までおそれの対象だった福富寿一に関することだった。

鉄仮面のはずの。無愛想なはずの彼が、最後に目があった瞬間、微かに赤かったのを確かに見たのだ。
彼がいつから会話を聞いていたのかは知らないが、彼女に褒められ、それを自慢するように友人に話していたところは見られていたのだろう。

「今のはわかったわ」
「……福富君、照れてたね」

女子から褒められ慣れていない彼の、その反応のなんと初々しいことか。
彼女が言っていた笑い顔が可愛い福富のことは、わからない。けれど、照れた彼の顔は、確かに可愛いかな、なんてちょっとだけ思ったりした。

2014/07/30【拍手お礼文】


 
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