カッコイイの定義



ある昼休みのこと。新開は、学食にて他の面々が揃うのを待っていた。
もちろん他の面々とは、自転車競技部一年のいつものメンバーのことである。昼食がてら、その日の練習内容や自転車競技のニュースについてを語らうのが、彼らの日課になっていた。

通常なら、荒北が一番に来て律儀に人数分の席を確保してくれている。しかし今日は、新開のクラスの四時限目が自習だったので席取りは新開の役目だ。授業終了のチャイムと同時に教室を飛び出して、まだ誰もいない食堂に一番乗りする。カレーを大盛りで頼んで、会計と配膳口に程近い五つ分の席をしっかりと確保すると、悠々と席に腰を下ろした。

「やっぱり自習って良いなあ」

にわかに混み出した食堂の入口付近を横目に見ながら、鼻歌交じりに持ってきたサイクル雑誌を広げて目を通す。
そう、これが通常授業なら、こうはいかないのだ。ただでさえ混み合う昼時の食堂で、五人分の席をまとめてとるのは至難の業だ。

では何故荒北がいつも人数分の席を確保できるかと言えば、案に彼の顔が怖いからであろう。三白眼の鋭い目つき。言葉も悪く、声も大きい。そんな彼だからこそ、誰も近寄ろうとしないのだろう。
……中身は結構イイ奴なんだけどなあ。
そんなことを考えていると、程なく新開の目の前の席の椅子を引く音がして、そちらへと視線を移した。

「おー、随分良い席取ってるじゃねえの」

アリガトネェと、礼を言い席に着いたのは、噂の荒北だ。もう食事も買って来たらしく、どんぶりの乗った盆を席に置いていた。今日のメニューは、うどんらしい。
次いで、福富も和食中心のメニューをどっさりと盆に乗せてやって来て、さてはて、残るは二人だけになった。


まだ来ていない二人とは、東堂と、我らが箱根学園自転車競技部のマネージャーだ。
彼らは弁当持参派であるため、いつも学食や購買で昼飯を購入する自分たちよりのんびりと来ることが多いのだ。

そして、今日も今日とて、学食組が待ちあぐねて食べ始めた頃にやってきた彼らは、どういうわけか、どちらもあまり機嫌がよろしくないようで、仏頂面を隠しもせずに貼り付けていた。
互いの顔など、見ようともしていない。彼らがこの道中、きっと会話の一言だって交わしていないのだろうということは、想像に容易かった。

ドン、と二人同時に、弁当包みをテーブルの上に置く。椅子を引き、そこに腰かけ、ため息をついてから、弁当包みに手を伸ばす。
全てのタイミングがピッタリ同じで、まるで双子のようだ。見ている分には、なかなか面白い光景だった。

同じクラスで、席も隣同士。一緒に居すぎて行動まで似てしまったのだろうが、当の本人たちはそれに気が付いていない。自分が相手と同じ行動をしているなんて思いもせずに、互いにガンを飛ばし合って睨み合っていた。

「ウゼエな、喧嘩する時くらい仲良しヤメロよ」
「「仲良くない!」」

荒北の言葉に、綺麗にハモった否定。その揃い方を聞いて、彼らの仲が険悪だと言う者はいないだろう。
思わず噴き出しそうになりながら、まあまあ、と宥めすかして訳を聞けば、マネージャーである彼女が、先に口を開いた。

「友達とね、一年生の格好良い男子番付けしてたら、それ聞いてた東堂くんが怒ったの。私の『カッコイイ』の定義がおかしいんだって」
「ふーん。東堂は、その番付け結果が気に入らなかったわけか」

確信をついて東堂に目をやると、彼はさらにふてくされたように膨れてプイ、とそっぽを向く。どうやらビンゴのようだ。

自分のことを美形だと言い張っている彼は、容姿に気を遣っている分、そちらの分野に関してのプライドがかなり高い。だから、女子の興味が自分に向いていなければ気が済まないし、相手がお気に入りの彼女であれば、なおさら上位に食い込みたかったのだろう。

評価されて当然なのに、評価されない。自分の思惑とは違う結果が出されて、むくれてしまっているのだ。

まあ、好みというのは人それぞれだから、いつだって自分が一番というわけにはいかないのは当然なのだが。

それより、彼女の言う『格好良い男子番付け』というのが、個人的に気になっていた。
他のメンバーもそうなのだろう、普段から食事中の口数が多い方ではないが、少しそわそわしながら、聞き耳を立てていた。

「ちなみにそのランキング結果、オレたちも聞いて良い?」

そう促せば、彼女は少しだけ迷ったように、その場にいたメンバーを見まわし、「えっとね、」なんて、少し頬を赤く染めていた。

「一位は福ちゃんでしょ!二位はサッカー部の田中くん。三位が新開くんなの」

もじもじと指遊びしながら答えた彼女の姿がいつもよりも愛らしく、こちらまで顔が熱くなってしまいそうだ。とりあえず、上位3位までに入賞させてもらえたことに、礼を言えば、彼女は照れながらも、嬉しそうに頷いて見せた。

そんな中で、やっぱり不機嫌なのは東堂だ。満足げな同期たちを忌々しげに睨み、ただパクパクと、目の前の弁当の中身を消費していた。

ちなみに彼は何位だったのだろう。
彼女に問えば、答えが返ってくる前に、東堂が当てつけのように「オレが八位で、荒北が六位だそうだ」と答えた。
なんだ、別に悪くないじゃないか。誰もがそう思った瞬間、東堂がせきを切ったように喋り出した。

「大体、オレの美貌なら一位安定だろう。どこに目を付けているのだ」
「何よ、私の好みなんだからいいでしょ!そんなに一位にして欲しいなら、東堂くんのファンの子たちにでもランキング付けして貰えば良いじゃない!」
「だからお前の好みはおかしいと言っているのだ!何より、オレが荒北より劣っている意味が分からない!」
「テメー、ドサクサに紛れてケンカふっかけて来てんじゃネェよ」

荒北にパコンと頭を叩かれ、東堂は「何をする!」と涙目になって、またヒートアップしているようだった。
そんな賑やかな昼食会の中、新開は、あることが気になって、彼女の肩を突いて意識をこちらに向けさせてみた。

「なあ、この雑誌の中でなら誰が格好良い?」

持っていたサイクル雑誌を広げ、彼女の前に出してみる。すると彼女は、少し悩んだ後、雑誌に乗っている独りの選手を指差して「この人!」と明るく言って見せた。

……ああ、どうやら自分の予想は当たっていたようだ。
新開が笑えば、そんな彼に、彼女は不可解そうな顔をしながらも、東堂との言い争いで喉が渇いたのか、「ちょっと飲み物買ってくるね」なんて席を立って行ってしまった。

遠ざかっていく彼女の背中を見送りながら、新開はまだ荒北とぎゃあぎゃあやっている東堂の肩を突いた。

「朗報だ、尽八。彼女のランキングの定義は、異性としての好みどうこうではなくて、筋肉量だ」
「……は?」

そんな馬鹿な、と疑う東堂たちに、新開が今ほど彼女が雑誌の中から選んだ良い男たちを指差して見せる。それは、明らかに筋肉隆々の、猛々しい男たちの姿だった。

「そういえば、オレが前にサイクル雑誌を見せた時に彼女が格好良いといった選手も、みんなこんな感じだった……」
「だろ?あと、忘れていると思うが、これは一年男子の番付けなんだろ?今、うちの学年の男子て、何人いるかわかるか?」
「……二百八人、だな」
「良く考えろ。そのうちの八位だぞ。大健闘じゃないか」

それでもまだ不服かと聞けば、いささか表情の緩んだ東堂は、大きく首を横に振った。筋肉量なら、仕方がない。自分たちに、どれだけの筋肉がついているかは、自分たちが一番よく知っているのだ。
そう考えると、彼女のランキング付けは、まさに大正解だった。

「謝ってきた方が良いんじゃないか?」
「お、おお!そうする!」

彼女の名を叫びながら飛び出していった東堂は、すぐさま彼女の姿を見つけると、謝罪もそこそこに「オレはいつか一位になるからな!」と宣言し、彼女を力いっぱい抱きしめていた。
もがきながら、助けを求める彼女に、福富が立ちあがり、東堂を引きはがしにかかる。福富の後ろに隠れた彼女は、身を隠しながらも、彼の統制のとれた均一な筋肉に、うっとりとしているようだった。

新開と荒北は、そんな彼らを眺めながら、同じ思いを抱いていた。

「……アイツの趣味ってさァ」
「単純、だろ?」

彼が言い終わる前にそう答えれば、荒北はニヤリと笑って、また彼女の方へ視線を戻した。

筋肉だけが、男の魅力ではない。
けれど、まあ。今はイケメン男にうつつを抜かすより、筋肉に夢中になっていてくれる方がありがたいので、これで良しとしようか。

2014/06/27【拍手お礼文】


 
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