調子にのるから!



今年も、日本に梅雨の季節が到来した。

ジメジメしていて、蒸し暑く、不快指数は常に最高潮のこの季節。
気まぐれな天気に振り回され、雨に打たれることなどしょっちゅうだった。

そして今日も、天気の神様はご機嫌斜めのようだ。午前中には照っていた日の光が、午後には消え、部活が始まる頃には本降りになる。
外練習も、今日は室内筋トレに変更だろう。この季節で予定していた練習内容が変わることなんて珍しいことではなかった。

「もう。今日は洗濯物、外に干せると思ってたのに」

洗い終えた大量の洗濯物を、洗濯かごに移し替えながらボヤいたのは、箱根学園自転車競技部唯一の女性であるマネージャーだ。水を吸って、ずしりと重くなったそれを「よっ」と掛け声をあげて持ちあげ、離れにある部室まで、よたよたと運び始めた。
マネージャー業にはもう慣れた。しかし、どんなに慣れても、力仕事だけは効率が上がらない。

重すぎる洗濯物は、プラスチック取っ手付きの洗濯かごを使うと取っ手部分がちぎれてしまうので、我が部ではいつも本体と持ち手が一体になっているタイプのものを使っている。
けれど、その一体型の洗濯かごだって、重さで変形して持ち手部分が変な形に伸びているのだ。

洗濯の重さが、皆が頑張った証。そうとわかっていても、やはり重いものは重い。
部室に移動する途中の中間地点で、洗濯かごを抱えたまま一休みしていると、不意に後ろから声をかけられ、振り返った。

「よう、こんなところでヘバって、どうした?」
「新開くん。あの……ちょっと、洗濯物が重くって」
「……おめさん、また力仕事してんのか。それはマネの先輩に任せろって、いつも言われてるだろ?」

それを言われてしまうと反論も出来なくて、呆れた顔をしている新開から、目をそらした。
彼の言う通り、自分以外のマネージャーは全員男で、いつも力仕事は俺たちに任せろと言ってくれているのだが、だって、彼らにもマネージャーとして、やっている仕事がたんまりあるわけで。
その手を止めさせてこちらの仕事を押し付けるのはどうにも忍びなくて、いつも多少の無理をしてでも自分で力仕事をこなしていたのだ。

「おめさんが甘えベタなのは知ってるけどなあ、男は女の子に頼られたい生き物なんだぜ?」
「……そうなの?」

そんな話は初耳だが、もしそれが本当だとしたら今まで出来ること、出来そうなことは全て自分でやってきた私は、相当可愛くない女だったのではないだろうか。
ひそかに落ち込めば、そんな自分に、新開はくすりと笑って「だったら練習してみるか?」と提案を申し立てて来た。

「オレにお願いしてみな。『隼人、運んで』ってな」
「なんで名前呼びなの」
「運んでやるんだから、そのくらいのご褒美くれよ。それとも、自分で運ぶ?」

そう言って、良い笑顔を向けて来た新開に、ため息をつく。
この男、完全に遊んでいる。
いつもの自分なら、こんな申し出など断って、自分で運ぶという選択を取るのだろうが、どうしてか、この時ばかりは、何だか彼の挑発に受けて立ちたくなった。

きっと、梅雨の変わりやすい天気のせいだ。
だから自分の気持ちも、変わりやすくなっている。

目の前でニヤける新開の目を見つめ返せば、てっきりいつものごとく、即行で切り捨てられると踏んでいただろう新開は、驚いたように目を丸くして目の前の私を見ていた。

「ハヤト」

呼ばれた瞬間、彼の肩がびくりと揺れたのが見えた。
飄々とした彼が、自分に名前を呼ばれただけでこうも動揺するのを見るのは新鮮だ。調子に乗って、彼との間を詰めると、彼の顔がみるみる赤く染まっていくのが分かって少し楽しかった。

身長差、約20センチ。見上げた顔が、戸惑っている。背伸びをして、彼の耳元に口を寄せると、そっと、囁いた。

「ねえ。運んで、お願い」
「……っこの、」

途端に、世界がぐるりと回転して、私は悲鳴を上げる。今まで足に感じていた重力が無くなって、文字通り地に足が着いていない状態だ。
パニックになりかけるが、自分と同じ目線に新開の顔があり、そこで初めて彼に洗濯かごごと抱きあげられたのだと気がついた。

「ちょ……し、新開くん?」
「いやあ、女の子にこんな可愛くお願いされたら、オレ張り切っちゃうなあ」

笑った新開の顔は、何かが吹っ切れたように爽やかだ。しかし、今はそれが逆に不気味でもある。
そのまま歩き出してしまった彼の向かう方向に、嫌な予感がして暴れるが、女の自分が腕の中で少し暴れるくらい、彼にはなんてことはないのだろう。
むしろ、逃がさないようにと更にきつく力を籠められて、私は羞恥に縮みあがった。

きっとこの雨で、外練習に出ていた部員たちも続々と部室に戻ってきているはずだ。そんな中、横抱きにされて登場するだなんて、公開処刑以外の何物でもない。
居合わせた皆に何を言われるか、分かったものではなかった。

「ご、ごめんなさい。調子に乗りすぎたから、あの……」

弱々しく謝るが、新開の方は全く聞いていないようだ。それどころか、彼の中で何かがヒートアップしているらしく、顔が鬼化しかけて舌が出ていた。

元より自分は彼のこの顔が苦手なのだ。世の中にはギャップ萌えという言葉があるらしいが、これはギャップがありすぎて怖い。そんなものを至近距離で見てしまったものだから、思わず「ひぃ、」と声が漏れる。
だのに、新開は自分が怯えるそんな反応も燃えるのか、ますます形相を険しくして、目をギラギラさせていた。

「さあて。部室までここからまっすぐ直線だ。なあ、箱根の直線にさ……鬼が出るってウワサ知ってるかい?」
「え……ちょっと、まさか。嘘でしょ、う……いやあああああああっ!!!」




その後、恐怖で泣きじゃくるマネージャーを抱えたまま部室に乱入した新開は、他の部員に袋叩きにされ、一週間のマネージャー接触禁止令を出されたという。

2014/06/10【拍手お礼文】


 
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