彼女が報われない理由



「好きです!僕と付き合ってください!」

上擦ったような、低い男の声。緊張した面持ちで手を差し伸べる彼に、彼女は酷く困った顔をしてながら、どう答えようかと一生懸命思案しているようだった。
人気のない校庭でもって意中の女子に愛の告白だなんて、この男子生徒は、なかなか順調に人生における青春の1ページを書き連ねているようだ。

いいねえ、春だねえ。
まあ、自転車のことで頭が一杯でそれどころではない自分には、淡い恋心というのを羨ましいとは思えないのだが。

さて、彼女はどう答えるだろうか。


荒北靖友は、校庭脇のいつもの気に入りスペースに陣取って、告白されている我ら自転車競技部のマネージャーであるその人の様子を眺めていた。

あいつの顔は、まあ整っていると思う。誰に対しても分け隔てなく接する性格も、万人から好かれる要因のひとつだろう。
中学の時は知らないが、少なくとも、高校に入ってからあいつが告白される機会なんて、山ほどあった。

なのに、あいつはいつまでたってもこういうことに慣れない。
どうしてかと問われれば、その原因は、他ならぬ自転車競技部のせいであった。

といっても別に、恋愛禁止な部活というわけではない。選手層の厚い箱学自転車競技部は、恋愛していてタイムがどうなっても、自己責任だからだ。

まあ、そもそも、マネージャーの彼女にタイムの心配がどうこうという心配はないので、本来なら自由に恋愛出来る立場なのだが。

「あの、ええと……」

耳まで真っ赤に染め上げて、視線を泳がす彼女。気を落ち着かせる為だろうか。俯いた際に頬に流れて来た長い髪を、指ですくい取って耳にかけるしぐさをしていた。その可憐さに、告白していた男子生徒の視線が釘付けになる。そんな男子生徒の様子を見て、荒北は、彼の淡い恋が、いま本気になったことを知った。

……あンのボケナス。

オトコ煽ってんじゃねえ、と舌打ちして、彼らから死角になっていたそこから立ちあがる。ズカズカと二人の元へ歩み寄っていくと、先に荒北の存在に気がついた男子生徒の顔が、恐怖で凍りついたのが見えた。
けれど、いっぱいいっぱいになっている彼女はまだ、背後から忍び寄る陰に気が付いていない。

「あの、私…わた……むぐっ!」

告白の返事をしようとしたのであろう彼女の口を、自分の手のひらで塞ぐ。そのまま自分の方へ引き寄せれば、驚いて微動だに出来なかった彼女は荒北の胸の中へすっぽりと収まった。
彼女さえ手中に入れてしまえばこちらのものだ。ガラが悪いと評判の笑顔でニヤリと歯をむき出せば、先ほどまで顔を赤くしていた男子生徒は、今度は顔を真っ青にして後ずさっていた。

「……悪いネ、コイツはオレらのモンだカラァ。恋愛ゴッコしてる暇なんてねえんだヨ。なァ?」
「ん〜〜〜!!」

意見を求めるような口ぶりで彼女に声をかけるが、塞いだ口はそのままだ。何か抗議しようと暴れるので、手のひらにヨダレが付いたが構わない。
「どうするゥ?」と畳みかけるように男子生徒に問えば、彼は先ほど彼女に告白していた時の勢いの良さはどうしたのか、ガタガタと震えながら急に踵を返し、悔しそうな雄たけびを上げながら走り去って行ってしまった。

「チッ、根性ねェな」
「ッ荒北くんは根性ひねくれてるけどね!!!」

ボソリと呟けば、腕の中の彼女が強引に荒北の手を外し、言葉で噛みついて来る。自分よりだいぶ下にある彼女の視線に目を合わせれば、真っ赤な顔に、涙目の彼女がこちらを睨みつけてきていた。

「最低!あの人がかわいそうでしょ!」
「なァに、まさかOKするつもりだったノォ?」
「ちがっ……けど!これで何回目よ!私、皆のせいで彼氏出来ないんだからね!」

荒北くんが4回、新開くんが二回、東堂くんと福ちゃんが1回づつ、と恨み辛みを込めて数えたその数字は、我ら自転車競技部が彼女に告白してくる輩を撃退した回数だ。
「モテるねェ」なんて茶化して、手についたヨダレを彼女の制服に擦りつけて取れば、さらに怒ってギャアギャア言っていた。

――そう。恋愛を自由にできるはずの彼女が色恋に疎いのは、自分たちが彼女に寄ってきた男たちからのアプローチを故意に邪魔しているからなのだ。

そんなのことをする理由はふたつ。
ひとつは、彼女にマネージャー業務をおろそかにされると自分たちのタイムにダイレクトに響く為だ。レース経験の豊富な彼女の意見や練習メニューは、ロードレース歴の長い選手をも納得させるくらい効率的で、濃い。
レースでの司令塔がエースなら、練習での司令塔は間違いなく彼女だ。
そんなわけで、彼女をおいそれと他の男に渡すわけにはいかないのであった。

そしてもうひとつの理由は。……単にムカつくからだ。
コイツといえば、告白される度にいちいちその男にゆでダコみたいに赤くなって困っている顔を見せる。その表情が、どれだけ年頃の男たちに期待を持たせているかも知らないで。

「このまま枯れた青春送ることになったら、皆のせいなんだからね!」

拗ねたように口をとがらせた彼女に、荒北は鼻で笑って彼女の額を軽く指ではじいた。「痛い!」とまた騒ぐ彼女に、荒北は意地悪く口端を上げる。

「バァカ、そん時はオレらが責任とってやるヨ」

言ってから、覗きこむようにかがめば、予想通りの反応が返ってきていて荒北はしたたかに心を踊らせた。
……まん丸に見開かれた大きな瞳。真黒なそこには、目の前の自分しか映っていない。形の良い唇は、言い返す言葉を見つけたいのか、それとも恥ずかしいのか、少しだけ開いて、でもすぐにキュッと締まった。
伏せ目がちに俯いた目の下にまつげの影がかかっている。からかわれているとわかっているのに照れる、幼い表情。こりゃあ、並みの男じゃ惚れちまう。

「馬鹿はどっちよ。……ばか、」

悔しそうに睨んでくる、オレたちにしか見せない強気な表情。
ほら、それを他の奴に見せるのが惜しいから、オレたちはいつだって邪魔するんだ。

2014/06/05【拍手お礼文】


 
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