春先の柔らかな風が頬を撫でる。
剥き出しの枝に色付いた小さな蕾も少しずつ色付き始め、厳しい冬の低気圧からくる寒波とは無縁の穏やかな気候が連日続いていた。

とはいえ、東北の春はまだまだ寒い。
顔すら思い出せないオジさんの金で買った厚手のカーディガンに冷えた指先を隠して、先ほど購入したほっこりと暖かいミルクティーで暖を取る。

人工色の目映いネオンと煩わしい喧騒で賑わう見慣れた繁華街をぶらぶら散策しつつ、適当に羽織の良さそうなオジさんを物色していく。

もっぱらの判断材料は援交仲間から流れてきた情報か向こうから声を掛けてくるケースがほとんどなので、自分から行くことは滅多にしないが何しろ前回ひっかけた物件は相当羽織が良かった為些か欲が出てしまうのは仕方ない。
適当にこちらから呼び出してやれば出てきそうな男の名前をアドレス帳を開いて探していると、ふいに甘ったるい猫なで声で呼び止められた。

「いやぁ、なまえちゃんじゃないか。久しぶりだねぇ、あれから全然メール来なくて寂しかったんだよ?」

「…あー、うん。そうだっけ?」

パンパンに肥えた腹を揺らして、厭らしく微笑む見知らぬオジさんの姿がそこにはあった。
訂正、正確には見知らぬではなく私が一方的に憶えていないだけなのだが。

膨れ上がった頬を真っ赤にさせて、にまにまと笑みを浮かべるオジさんは脂汗で湿った掌で私の手を包み込んで、静かにお札を握らせる。
ゆっくりと手を開いてみれば、ちょこんと乗せられた二万。興醒めも甚だしい額にハズレの文字が色濃く浮かぶ。

「ごめん、今日は私そういう気分じゃないんだよね」
「そ、そんなぁ…!なまえちゃんってば、この前もそういって断ったじゃないか!」

「んー、だってそんなに今お金ピンチじゃないし」

すっかり萎えてしまった私の様子をみて、焦ったように興奮した様子で私の手首を掴んで食い下がるオジさんは今あまり持っていないんだと必死に言い訳を並べ立てている。

この状態をどうやって煙に巻こうかと模索していると、視界の端で濃緑のトレンチコートが軽やかに揺れた。

「そこのオジさん、駄目じゃないですか。嫌がる女の子に無理矢理絡んじゃいけませんよ?」

突如として消えた手首の圧迫感に拍子抜けする。見知らぬテノールボイスの主に顔を向けると、第三者の介入に怯んだオジさんが一目散に駆け出していくところだった。性欲だけ有り余った意気地の無い男だ、心の中で盛大に悪態をついていると筋張った形のいい掌が差し出された。

「大丈夫かい、お嬢さん」

毒々しいネオンの光が網膜を刺激する。
ぼんやりと霞む視界で、ぱちぱちと瞬きすれば赤えんじ色の柔らかそうな髪を持った美しい整った顔付きの男であることが分かった。

突然の一連の出来事に唖然としている私をみて、くすくすと控えめな笑みを溢した男には優しげな大人の品格がある。

「此処ら一帯は夜になるとああいった輩が多くなるんだ、君みたいな可愛い子は狙われやすいから気を付けるんだよ」

「あっ…は、はい。さっきは助かりました、ありがとうございます」

たどたどしい私の返答に優しい微笑みを浮かべて、颯爽と去っていく濃緑の背中に顔が熱くなる。
人混みに紛れて小さくなる背に街の賑やかな喧騒にも負けないような声を張り上げた。

「あ、あの!わたし…ぶどうヶ丘高校二年のなまえっていいます。お兄さんの名前教えてください!」

「…ふふっ、花京院典明です。宜しくね、なまえちゃん」

振り向き様にふにゃりと微笑んだ花京院さんの笑顔が眩しい。
緩んだ掌からするりと落ちていく冷えきったミルクティーのペットボトルのことなど最早私にとってはどうでも良かった。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -