▽死ネタ

地球上に根を張る生態系は食物連鎖というシンプルかつ明解な原理によって均等に保たれていると言っても過言ではない。水を草が吸収し、草を豚が呪詛し、最終的には豚を人間が食べる。

このように人間は常に捕食者側に回ることが多く、食べるというバイオリズムな行為によって生を繋いでいるわけだ。そうやって何億年もの間で、人間という生き物は叡智を身につけてきたのだ。

*

青白い肢体を惜しげもなく晒して、横たわる彼女の背には日に日に骨が浮いていく。
── いつからだっただろうか、彼女がこうして全てを拒否するようになったのは。

「最近何も食べてないじゃないか、なまえちゃん。お腹空かないの?」

頬が落ちそうなほど甘いガトーショコラは昔からなまえちゃんの大好物だ。お気に入りだった花柄のお皿に切り分けて小さな背に声を掛ける。どうやら今日はいつもよりも機嫌がいっそう悪いらしい、僕の問いかけに答える気すらないようだ。

「今日はせっかく師匠から美味しいケーキ貰ってきてあげたのに残念だなぁ、なまえちゃんが食べないなら僕が全部食べちゃうよ」

何ら反応を見せないなまえちゃんに少し挑発的な態度を取りつつ、手元のガトーショコラを一口台に切り分けて口に運ぶ作業はやめない。口内が甘ったるく濃厚なカカオの味で満たされていく。

「…ねぇ、なまえちゃんってばいい加減に機嫌直してよ」

気遣ってかけた言葉をまったく拾ってくれる気配すらないなまえちゃんに仄かな苛立ちを覚えながら、唇を割って出た言葉は少し不機嫌なものだった。こちらが本気で心配しているのに当事者には、まったくその想いは伝わっていないようで思わず溜め息が漏れた。

数週間、いや数ヶ月くらいだろうか。こうしてなまえちゃんが全てを拒絶するようになったのは。
もう何回も何十回も繰り返しているため、どれ位このやり取りをしたか分からない。きっかけは些細なことだったのか、それとも大きなほつれだったのかすらも今となっては覚えていない。

「僕はなまえちゃんといつだってお話したいし、また二人で暖かいご飯が食べたいよ」

ぽつりと呟いた縋るような声は乾いた独り言になった。朝起きて、母さんや父さん、律達と味気ないご飯を頬張って、学校に行って、部活で死にそうな練習をして、師匠に呼び出されて除霊をして、家に帰って、泥のように眠りにつく。
そんなありきたりな生活の中でなまえちゃんは唯一の華だった。

「ねぇ、寂しいよなまえちゃん。君だけだったんだ、超能力を差し引いても僕から残るものは」

毛布に包まった小さな背に優しく腕を回すと、ベットのスプリングが軋む音が響く。
酷く軽い体は、まるで蝋人形のようで生きている人間のものとは思えないほどだ。首筋に擦り寄ると、白い肌に自身の鼻先が当たってその氷のような冷たさにぞっとする。

軽い衝撃によって、なまえちゃんの小さな頭がこちらを向く。否、落ちてくるの方が正しいかもしれない。ありえない方向に回った首には茶色に腐った痣が幾度となくつけられている。

そうだ。僕はずっと前から分かってたんだ。なまえちゃんがこちらを向いて笑ってくれる日がもう来ないことも、僕の言葉を拾ってくれる日がもう来ないことも、一緒に食卓を囲む日が夢になることも。

「嫌だ…ッ、なまえちゃん、なまえちゃんにまだ伝えたいことがあったんだ。」

ボロボロと頬を伝う涙がなまえちゃんの白い頬に落ちて、行き場所もなくベットシーツに吸収されていく。ずっと抱きしめたかったんだ、笑って欲しかったんだ、こんな。こんなのって、起きてくれ。

「…、駄目だ。ほら、なまえちゃん食べて。きっとこれを食べれば元気になるよ」

フォークに突き刺さったガトーショコラを無理やりに固くなった唇に押し当てる。それでもなまえちゃんの唇は、まるで拒否するかのように開くことはない。いやだ、認めたくない。こんなんじゃこのガトーショコラも花柄の食器も、意味が無い。

すっかり腐敗の始まったなまえちゃんの胸に温かな温もりと鼓動はなかった。ああそうか、君を殺めたこの能力と君の死体を背負って僕は生きていくんだ。これは僕の罪だ。

いつしか夢みた鮮やかな記憶の中の彼女はとても綺麗だった。頼むからやめてくれ。僕に殺したんだ。だから死ぬ間際まで、そうやって微笑みかけないで。
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