セットした目覚ましの規則正しい音と体にすっかり馴染んだ生活習慣のおかげできっちり時間通りに目が覚める。
季節はいくら春とはいっても早朝の気温は些か肌寒い。このままもう少しだけ布団の中に包まっていたい。脳の片隅に生まれたささやかな煩悩に喝をいれるべく重い体を無理やり起こして布団という魔の手から早急に飛び出た。

そこから着慣れた制服に身を通し、いつもの食卓に並んだ朝食を流し込んで、布団の中で冬眠中のクマのように丸まる兄さんを起こす。
こんな何気ない一連の動作+αで僕の朝は出来上がる。

とはいっても肝心なのは長ったらしい一連の動作の方ではなく+αの方にある。
言うなれば前記のことは据え膳みたいなもので、本当の一日はこれから始まるといってもいい。
そう、イロの無い僕の生活にある唯一の幸福。
緊張と期待に頬を緩ませて狙い通りの時間に家を出た。今日はどんな話をしたらいいだろう・・・確認は入念に済ませてきたが寝癖は大丈夫だろうか、制服のシワは?
柄にもなく早鐘を打つ胸の鼓動に思わず溜め息が零れる。

「律っちゃん、朝から溜め息なんてらしくないね」

「・・・ッ、なまえさん!おはようございます」

「おはよ、もしかしてびっくりさせちゃった?」

「そ、そんなことないです。少しだけ考え事をしてたので」

「生徒会とか勉強とか大変だと思うけどあんまり溜め込みすぎちゃ駄目だよ?」

突然背後からにゅっと現れた意中の人物に喜びと驚きで心臓が破裂しそうだった。

なまえさんは俗に言う幼馴染というやつで、物心ついた時にはすでに家が隣同士で僕と兄さんが小さい頃はよく面倒をみて貰っていた。
年がだいぶ離れているので学校内で見かけることすら無かったが、家にひとたび帰ればなまえさんはまるで本当の兄弟のように接してくれた。
とはいえ僕らが中学に進学するのを皮切りに相手をして貰う機会はぐんと減ってしまったが、きっと元々面倒見がいい性分であるらしいなまえさんはこうしていつも声を掛けてくれる。

そうして気付いた時には優しく頼れるお兄ちゃんが愛する守りたい人へと自分の中で360度回転した変貌を遂げていた。
もうすぐ二十歳になるほぼ出来上がった成人男性のくせに女のように細い体のラインとか白くすべらかな肌だとか長い睫毛に縁取られた優しい瞳だとか、そのすべてが自分のものになったらどんなにいいか。
悩ましい思考を遮って、心配そうにこちらを覗き込むなまえさんにうっすら笑みを浮かべると太陽みたいな眩しい笑みで微笑み返された。

「そういや律くんって朝早いよね。やっぱ生徒会の仕事とか?」

「いえ、朝は教室に人が少ないので勉強しやすいんです。」

「なるほど、律ちゃんは偉いな。勉強も運動も出来て優しいなんて女の子がほっとかないでしょ」

本当は勉強なんてただの口実に過ぎない。
とはいえ貴方に会う為にわざわざ早起きしてるんですよ、なんて口が裂けても言えるはずがない。
このモテ男めー、なんて少しからかうような口調でからからと笑うなまえさんが酷く眩しい。
なまえさんの前では生徒会の肩書きも学年首位の余裕もまったく役目を果たさずにボロボロと不恰好に剥がれてしまう。
なまえさんは僕を唯一特別扱いしない貴重な存在だ。

この胸に巣食う気持ちに応えて欲しいだなんて欲張りなことは言わない。だけど、せめて僕の想いに気付いてくれたら。

「そんなことないですよ。それに本当に好きな人が意識してくれないんじゃ意味無いです」

「んー確かにそうだよね」

胸の中に生まれたもやもやしたわだかまりの存在自体知るわけもないなまえさんから呑気な相打ちが返ってくる。
言いたい、でも言えない。何度も繰り返した問答が頭の中をぐるぐる回る。

自然と互いに無言の時間が続き、気付けばなまえさんの乗るバス停まであと少し。
今日も相変わらず進展はなし。口から漏れそうな溜め息を寸手で塞き止める。

「ねえ、律っちゃんさ」

「・・・?なんですか、なまえさん」

軽い沈黙を破ったのはなまえさんだった。
いつになく真剣なその表情に思わず息を飲む。
なんだ、何か不快なことでもしてしまっただろうか。不安ばかりが積もってなまえさんが息を吸い込む瞬間でさえたまらなく焦れる。

「意中の子が振り向かないならさ、いっそ俺にしてみない?」

「えっ、それって・・・」

「俺は多分誰よりも律っちゃんを見てるから」

強引に手を引かれて、不意に頬に柔らかい感覚。
何が起こったのか分からず口をぱくぱく開閉させることしか出来ない僕を尻目になまえさんは何事もなかったかのようにちょうど着いたバスに乗り込む。

「あ、あのなまえさん・・・」

「ふふっ、ご馳走さま。」

返事、考えといてね。遊びの約束でも取り付けたかのようにさらっと言い放ったなまえさんを乗せたバスはふと我に返った時にはもう見えなくなっていた。
馬鹿みたいに火照る頬が火傷したように熱い。

「・・・ッ、言い逃げなんてずるいですよなまえさん」

とりあえずなまえさんが帰ってきたらいっぱい文句をいってやろう。
その後はいっぱい甘やかしてあげるんだ。
吹き抜けた柔らかな朝の風は相変わらず肌寒かったけれど、火照った肌には丁度いいくらいだ。
恋人達の春はもうすぐそこに。
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