羽織の擦れる音がした。私の隊服と義勇さんの服が触れ合うほどに、私達は密着している。先程、義勇さんは無言で私の腰に手を回して自身に引き寄せた。慣れない距離感に緊張した私は、かすかな音でも拾える程には敏感になっていた。義勇さんが何も話さないから、このような事態になっている理由も分からない。それ以外は私に何をすることもなく、いやに沈黙が続く収束の付かない事態をどうにかするのは、自分しかいないのを悟った。普通の男性より身長の高い義勇を見上げてみると、とても涼しい顔立ちだった。
「義勇さん、突然どうしたんですか」
顔を動かして、こちらを見た義勇さんは、表情一つ変えずに答えた。
「逃げないのか」
私はなすがままに義勇さんに身体を預けていたのは、突然の事だったのにあまりに動作が自然で、そうするのが当たり前のように触れられて、抵抗する気持ちすら起きなかったからだ。
「そういえば、そうですね」
私は、他人事のように呟いた。すると義勇さんは僅かに眉を寄せたような、気がした。普段から表現の変化に乏しいから分かりにくいから、これは私の感覚だ。なんとなく、怒気が感じ取れた。義勇さんは、私の腰に回した右腕に力を入れて更に引き寄せ、今にも口付けをかわせる至近距離まで迫ってきた。
「お前は、俺以外にこういう事をされても抵抗しないのか」
義勇さんは元々口数が少ないから、彼の強い口調で凛とした声色が、張り詰めた空気を作った。義勇さんが言ったように、他の人にこのようなことをされるのはどういうことか思考回路を動かしてみたが、想像出来なかった。
澄んだ紺色の瞳に縛り付けられたように、彼から視線を外すことが出来なかった。今この時だけは、この瞳に映るのが自分だけ。なんだか、時間が経つのは惜しいと思えた。
「他の人は分かりませんが、義勇さんになら、いいかもしれません」
目を丸くして、ぱちくりとした義勇さんは驚いた様子だった。そしてすぐに目を閉じて、私の額にそっと口付けをした。ゆっくりと惜しむように、柔らかい唇が離れていく。その動作をただ眺めていた私を見て、ふっと、笑った。
「それならいい」
腕の力を緩めて私を解放した義勇さんは一人で帰路を歩き出した。私は、彼を追いかけずに立ち尽くしていた。
義勇さんは、私にとてつもない衝撃を与えた。あの、口角が上がって、それから、彼は微笑んだ。鮮明に焼き付いたものが消えず、気持ちが揺揺と定まらない。記憶が蘇り、感触を残した額から足の爪の先まで全身に至る体温が上昇し、汗が吹き出てきた。
なんてことでしょう。義勇さんはいとも簡単に、私の恋を目覚めさせたのだ。それなのに、自分だけ満足しているだなんて、勝手な人。だけど、惑わされた私だって悪いのかもしれない。

20191206



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