※後味悪い

我妻善逸は、雷光の如く敵を抹殺する。ゴロンと落ちた鬼の首はボロボロと崩れて消え去ったが、私の記憶には鮮明に残った。思い出しただけで、首を切られたわけでもないのに、じくじくとして傷口が痛むような感覚になる。
「名前ちゃんは何で俺にそんな感情を向けるの?」
そんなとは、どんなだろうか。自分でもよく分からない。私は、善逸くんに怯えるような顔をさせたい訳ではないことは確かだ。人は、見えないもの、分からないものに対して怯えるものだが、こうして私は善逸くんに視認されている。言葉をかわすことが増える度に、この鼓動を聞いて欲しくなった。
私のことなど歯牙にもかけないが、女に目がない善逸くんは、安易に色々な女に抱きつく。今抱きつかれた女を私は知っていた。同じ女隊士は把握している。あの女のことだから、避けられるのにあえて抱きつかれたに違いない。尻尾を振るのが得意な、とんだ阿婆擦れに騙されたものだ。
呼び出したその女に容赦なく平手打ちをすると、想像以上に気持ちのいい音が鳴り、女は腫れた頬と逆方向に飛ばされた。恐怖で支配された顔で私を見上げた。こんなことになるなら、媚を売らなければいいのに。
そして、女を庇うように立ちはだかるのは、善逸くんだった。おかしい、おかしい。ミシミシと、私の中の何かが軋んでいく気がした。
「名前ちゃんがこんなことをする子だって信じたくない。信じたくはないけどさ」
善逸くんは、女を見ながら言った。視線を向けられた女は、善逸くんの背中に泣きながらしがみついている。細い指で握りしめられた黄色の羽織が歪んで皺になる。そんなふうに触れて、彼に刻みつけるのは卑怯だ。
「俺は信じたいものを信じてきたし、それは今でも変わらないよ」
私に対して言った彼の言葉には、拒絶が滲んでいた。
善逸くんは、立ち上がらせた女の頬に優しく触れた。「ごめんね」と善逸くんは女に謝罪の言葉をかけると、そのまま私に背を向けて二人で歩き出した。
違う、違うんだよ。卑怯なのは私だ。妬ましい自分が、彼の善良な心に消えない傷を刻みつけてしまったんだ。
いつだったか彼が聞いてきた、感情の正体である卑しい己の気持ちに早く気づけば、こんなことにはならなかった。
ほんの少しだけでいい、私のことを認識してくれるだけで満足すれば良かった。鬼の首は切れても、彼の心は善良であるが故に断罪など出来なかったんだ。断罪されたら、私の心はどんなに救われただろうか。今更悔やんだとしても、彼の背中が振り返ってこちらを見ることは二度とないだろう。

20191122公開
20191124追記



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