※長編の主人公。長編を読まなくても大丈夫だと思います。

お待たせいたしました、よりも先に出た言葉だった。
「夢ノ咲学院の生徒なんですか?」
バイト真っ最中の名前が話しかけた青年は、先程注文をしたお客様だ。お客様ーー病衣を着た青年の儚げな容姿は気品に満ち溢れ、それを覆すような高身長は男性そのもの。嘘みたいに欠点が見当たらない彼は、まるで作り物のようだ。
そんな彼は、少し驚いていた。
注文した商品は間違ってはいない。今も香り漂う紅茶は入れたて、店長自らが用意した申し分ない仕上がりだ。
彼が驚いたのはそこではなく、初めて見た店員が商品を置いて常套句を言わずに、急に雑談をしてきたらこの表情になるのは当然なのかもしれない。そんなことに気がついたときには遅かった。
これでは、ただの馴れ馴れしい人間だ。
「あ、すみません。先程、夢ノ咲学院の学生と話しているのを見かけて。歳も近そうだから、あなたの同級生なのかと思いまして」
恥ずかしいことこの上ない。焦って少し早口になった飲もあって余計に顔が熱くなった。お盆を持たない手を胸の前で降って、不審な者ではないことを否定する。
少し考える表情と仕草をしている彼は、名前と目を合わせた。名前は今は夢ノ咲学院の制服を着ていないから、お客様と店員の立場だ。
変に思われたかもしれない。
「わ、私も夢ノ咲学院の生徒なんです。だから、つい親近感がわきまして。……突然話しかけて、すみません」
そこで彼は口を開いた。
「……へぇ。もしかして、僕を知らないのかい?」
「えっ?はじめまして、ですね」
考えては見たが、こんな綺麗な人、1度見たら忘れないだろう。その言葉を聞いてから、納得したように彼は頷いた。
「そうか、なるほど。いきなり脈絡もなくて驚いたよ。うん、僕は、夢ノ咲学院の生徒だ」
「いきなり話し始めてすみません。言葉が足りなかったですね」
「僕を知らないことも驚きだ。周知だと自負していたんだけどな」
「はあ」
「あはは、僕もまだまだだな」
朗らかに笑った彼の顔に、くすぐったい感じを覚えた。
ただ、私が彼を知らないのがおかしいことだと彼は思っているようだ。
「えっと…。前に会いました?」
「ふふ、ふふふ…っ。面白い、面白いよ君」
美青年は腹をかかえて笑いだしたではないか。
「ええっ、すみません」
「ううん、楽しませてもらったよ」
「それは、どうもありがとうございます……?」
「僕は、夢ノ咲学院の3年生、天祥院英智。アイドル科の生徒会長と言えば、分かるかな?」
夢ノ咲学院の3年生、天祥院英智、アイドル科、生徒会長。
一つ一つの単語を繋げてみると、とんでもない大物に声をかけたことを漸く名前は自覚した。同じアイドル科の幼馴染の顔を思い出すと、彼は今の自分を指さして笑っていた、ような気がする。
咄嗟に頭を45度下げて謝罪した。
「うわあああ、すみません!知らなくて、その、本当にすみません……!」
「ううん、気にしなくていいよ」
「いいえ、失礼しました。幼馴染がアイドル科なんですけど、それくらいしか知らなくて」
「ふうん、幼馴染……ね」
頭を上げて、と言われた。優しさの中に混じった威圧感のある言葉に、名前は素直に顔を上げた。
「名前はなんて言うんだい?」
「えっと、苗字名前です」
「うん、名前ちゃん。僕の名前は覚えた?」
「天祥院先輩」
「名前は?」
また、圧を感じた。
「えいち……先輩」
「うん、よろしい」
満足そうに頷いた天祥院は、注文した紅茶を手にした。
「病院にいると、気が滅入るし、つまらないし……。せっかく出来た喫茶店で気を紛らわそうと思ってたけど、これ はいい収穫だ」
なんのことだか分からないが、名前は店長に名前を呼ばれた。そろそろ持ち場に戻らなくてはならない。
「ごゆっくりどうぞ」
「うん、またね、名前ちゃん。今度は幼馴染のこと、聞かせてよ」
また、またがあるのだろうか。彼は病衣を着ているから患者。ここに次も来てくれるのだろうか。
「はい。機会があれば。……お大事になさってください」
そう言い残して名前は持ち場に戻った。
最後の言葉に、彼女の人となりが感じられた。
そして、天祥院は注文した紅茶をようやく口にすることが出来た。
「美味しいな。今度は月永くんも誘ってみようかな」
彼を飽きさせない創造者は、この紅茶を味わったらどんなことを感じるのかと想像して、想像以上のことを表現する彼を羨んで、天祥院は独り言ちる。


20191029



[back]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -