ふたりぼっち | ナノ




何処から現実で何処からが夢なんだろうか。どうかこの状況全てが長い夢であって欲しいとそんな願いを懇願したのは生きてきて初めてだ。
数分前あの女に抱かれて、一軒家に着いた。部屋に連れて怪我をしていた腕を消毒されてから「遥ー」と扉越しに親に呼ばれたのか、電光石火のように部屋から去っていった。あの女はどうやら遥という名前らしい。一人になったオレは動き回るわけでも逃げるわけでもなく、一室の内装をじっくりと見渡していく。シンプルな部屋で桃色を基調とした小物や家具等が置かれている。大きなテーブル、ベット、縫いぐるみ。ふと目が止まった。視線の先にあるのは全身鏡。逸らして、自分の両腕を再度確認してみる。柔らかい毛が沢山生えていて、黒い。手のひらにはにくきゅう。恐る恐る全身鏡に近づけば、そこには見たことある小さな動物が映し出されていた。ピョコッと頭から耳を生やし、髭が頬から外側に伸び、伸びる黒い尻尾。嫌な予感は女と会った時からしてはいたが、それが当たってしまうとは。信じがたいが鏡に映し出された自分の姿が現実だと悟っているようだ。



『……あり得ねぇだろ』

そう。こんなことあり得ないのだ。何で猫になってるんだよ。猫とかふざけてるだろ。それ以前にオレは死んだんだ。生まれ変わったなら、その記憶は消滅されているはず。なのにオレはオレだという証明ができるほど記憶が在る。一体どういうことなんだ?不可解なのはそれだけじゃない。女もだ。不思議な格好をしているし、チャクラを全く感じないし、この家の造りも今まで見たことがない。暁に入ってから、様々な里に赴いたがあの服装もこんな家も目の当たりにしたことがないのだ。
此処は何処なんだ?


『オレこれから飼われるのか?』

まじまじと鏡越しのもう一人の自分である猫を眺める。何度確認してみても、やはり猫だ。黒い猫。何だか意味解らなさすぎて、これからどうすればいいのかも分からない。この身体で死ねば、漸く本当に死ねるのかもしれないが、猫一匹じゃどうしようもできない。


『今できることは飼われるしかねぇってことかよ…』

溜め息を一息吐いて、白いクッションの上に乗って身体を伸ばし、リラックス。本来なら生きている限り人傀儡の新しい仕込みやメンテナンスをしていたいのに、これからはそれはできそうにもない。猫なんざ、人間より短い命だ。儚くすぐ死ぬ。散っていく。オレには不釣り合いすぎる。こんな状態をあいつが知ってしまったら鼻を伸ばして、やっぱり一瞬の美だなんて自慢気に口走るのだろう。気に食わねぇな。永久の美こそが綺麗だってのに。




「カーヤ、お腹減らない?」

ドアを開けながら、女は皿を持ってそうオレを見下ろした。床に皿を置くと、その皿の中には乳白色の液体、多分牛乳であろう。「お母さんが飼っていいって。良かったね」ニコニコしながら、しゃがみ込む。やっぱりオレはこんなガキに飼われるのか。死んだらこのざまだなんて、誰も予想ができなかっただろう。あり得ないと幾度も思い、夢だと信じたが、どうやらオレはこの目の前にいる女のペットになるしかなさそうだ。

今日からオレとこいつのヘンテコな毎日が始まった。



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