text | ナノ




記憶というものは曖昧だ。何時、何があったかなんて、勝手に捏造されているものも多分一つや二つぐらいはあるかもしれない。だから、自分一人ではそれが真実か嘘かだなんて断定なんてできやしないのだ。ただ、忘れたい記憶ほど忘れられない。それは頭の片隅に常に在り、忘れられないように消えないように彫られているように在り続けるのだ。


「旦那ー、待ったか?」
「待ったか、じゃねぇよ。今まで何処ほっつき歩いてたんだ」

どすの効いた声のサソリの旦那は、瞬時にヒルコの尾を目にも見えない速さでオイラの方に振った。ギリギリかわすと、旦那はさっさと行くぞと吐き捨て、オイラは深い溜め息を吐いた。旦那と落ち合うのは昨晩の単独任務遂行後だった。昨夜、旦那と別れる間際に、確か旦那は深夜前には終わらせろと言っていたのだ。なのに、今は日が昇っている。完全にサソリの旦那を怒らせる種を植え付けてしまったわけだ。


「デイダラ」
「なんだ、うん?」
「お前、香水くせぇな」
「……昨日の今日だからしょーねぇだろ」
「ほー、今回は女と寝たのか?だから、こんなに遅くなったのかよ」

反射的に旦那を睥睨すれば、旦那は鼻で笑った。昨晩の任務は遊郭での任務であった。任務の内容は旦那も十分知り尽くしているのに、随分と嫌味を撒き散らすもんだ。まぁ、オイラがいけないんだが。


「色任務じゃねぇのは旦那も知ってるだろ、うん」
「じゃあ、何で朝帰りなんだ?」
「…任務が色々と大変だったんだよ」
「それで遊郭を爆発させたのか。大事にさせやがって」
「何で知ってんだ、旦那」
「遊郭が爆発するのは大事だぜ?ったく、そんな簡単な任務に何手こずったんだか」
「何度も遊郭に足運んで準備したのが、簡単な任務かよ」
「結局は殺すだけだろ」

今回の単独任務の内容はある遊郭に通っている暁の情報を垂れ流している男を殺すこと。しかし、その男がその遊郭に出入りしている情報は信憑性がなく、数週間前からオイラは変化して、その遊郭に毎日のように訪ね、遊女から情報を得ていた。そして、昨晩。事前にその男が訪れることを知り、オイラはその遊郭で待ち伏せていたのだ。まさか、あんなことが起きちまうなんて想像もつかなかったが。


「デイダラ、てめぇ本当に女に頓着してないんだな。興味ゼロか?」

チリン。涼やかな鈴の音色がまるで的を射るような旦那の質問の効果音のようだ。表情で読み取られたくないから、咄嗟に片手で笠を顔を隠すように深く引いた。

「別に」
「なんだよ、その素っ気ねぇ答えは」
「遊女には興味ねぇだけだよ、うん」
「じゃあ他の女なら興味あんだな?」
「……」
「忘れられねぇ女でもいるのか?」

脳裏に過るある女。そいつはアカデミーの同期の女だった。仲が良かった方だったと思うが、年を重ねるうちに絡むことも少なくなった。あの日、里を抜けた日にあいつは阻止してきたものだ。


「いるわけねぇだろ、うん」

昨夜、何年振りかにあいつと再び会った。とはいっても大間に居て、その廊下を通った遊女と視線がぶつかった時、あいつに酷似していた。そう最初は思っていた。



「そういえば、さっき貴方が探してた方来ました」
「…何処だ?」
「奥間でありんす」

あの瓜二つな遊女も奥間に向かっていったな。ふとあの遊女の横顔を思い出した。眉間に皺を寄せていく自身。おもむろに立ち上がり、敢えてオイラは起爆粘土で爆破させた。あの男が逃げないようにだ。自然と奥間へ進み、襖を開ければ、女を男が押し倒していた。オイラに対して助けてと懇願しているような涙ぐんだ瞳。あぁ、そうだ。あの目。あの顔。あれから年をいくつか重ねてはいるが、あいつの面影が残っているじゃないか。そう確信してしまった。
気付けば、起爆粘土を投げつけた瞬間に隙を狙って気を失った女を抱き締めていて、あの野郎を爆死させた。赤々した炎に包まれる遊郭。人々が外で騒がしくしている。オイラはこっそり抜け出して、人通り少ない森まであいつをおぶって歩いていったのだ。


「忘れたいことも忘れられたらいいけどな」
「旦那?」
「本当の記憶は死ぬまで焼き付いてるもんだぜ」

サソリの旦那はたまに鋭い。本音を伝えなくっても、読まれてしまう。忘れることができない記憶。そうならば、あいつにとっての忘れることはない記憶は…。




「…死なねぇ記憶か」

甦る記憶。
あの時、もし違う奴だったら、オイラは躊躇もせずに直ぐ様殺せるはずだった。なのに、あいつだった。だから、殺せなかった。あいつは里のある一族の愛娘らしく、幼い頃から決められていた婚約者がいるらしい。その理由を綺麗に並べたところで、それは殺めなかった小さな言い訳にしかすぎない。殺すと散々脅したくせに、練ったチャクラを最小限に抑え、あいつの付近にある樹に目掛けて起爆粘土を投げつけただけだった。
昨晩も酌をしてもらっていても、あの遊女があいつだという確信はゼロなのに、それでもあいつのことを想い起こすばかりだった。

その度に幾度もあいつのことを忘れろと言い聞かせていたのだ。




「ありがとう…デイダラ」

「…もし、本当に遊女として身を削いで働いてるって言ったらどうする?」


「だって私ずっと、ずっと…」

あいつの言葉一つ一つが頭の中で幾度も反芻する。簡単に突き放すことはできたのに、本能が先に動いてしまった。何年振りかにあいつの名前を、不覚にも口で紡いでしまった。両腕の中に収まるあいつは、想像以上に小さかった。理性を保てと必死に制御させていたが、ふとこのまま抱いてしまいたいと黒い欲が渦巻いてしまった。けれど、それ以上何もできなかった。できやしなかったのだ。あいつの気持ちをもし受け止めれば、後々どうなのか想像つかない。唯一、あいつがの悲しむ顔が浮かんでしまったのだ。所詮、あいつとオイラは交えない関係なのだ。だから、あいつの意識を失わせ、ただ朝まで一緒にいた。最後に。



「仕方ねぇから、今回はもう聞かないでおこう」

「だから何もねぇって、うん」

想いが交差することは、この命がある限りあり得ないだろう。それは重々承知だ。
名無との思い出は一生消えない。いや、忘れねぇ。だからせめて、刻まれた大切な記憶が滅することなく、あり続けていき、それと共に生きていきたらいい。互いに。
上方を見上げれば、澄みきった青空が今日も何処までも広がっていて、眩い太陽の光に眸を細めた。



To favorite you.
1214/無邪気