text | ナノ




煌々と地を照らす黄色い月。追い掛けても追い掛けても、それに辿り着けない。何とか諦めようと、忘れようとして逃避すれば逆に追い掛けてくる。何時までも朽ちない月は問い掛けることなく、ただただ夜空にぽっかりと浮かんでいるのだ。それが好いている人間ならば、心は辛辣で満たされていくのだろうか。まさしく、あなたは私にとってその様な存在に酷似しているのかもしれない。


「………朝」

閉じた目蓋を次に開眼した時には、辺りは木から眩しい光が洩れていた。樹木に凭れ掛かっている私は幾度も界隈を見渡す。其処には彼は既に居なくなっていた。
ハァと深く息を吸って、吐き出しながら首を前方へ曲げてから、嘲笑ってしまった。



「…バカ」

身に纏う高価そうな着物は乱れておらず、昨夜と同じくしっかりと結ってある帯。着物を鼻孔にまさぐれば微かに彼の匂いがした。この状態は、あの後どうなったのかを生々しく語っていた。覚えているのは、囁かれた自分の名前。その後はあまり記憶にない。暁の印である外套を羽織り、里への謀叛の象徴である額あて。その残像だけが残っている。


「いつもそうだね。私の本音を最後まで絶対に聞いてくれない。言わせてくれない。ただ、どんどん遠くなっていく」

ねぇ、何故?
デイダラの本当の気持ちは何時だって読み取れず、厚い雲に覆われている。だから、私はデイダラの理解者にもなれず親しい関係すら築けない。ただのアカデミーの同期、それだけの繋がり。そう、彼はそう思っているはずだ。
こんな恋愛沙汰なんて上手くいくはずがないと分かっているのに、その思いとは裏腹に本能はやはりあなたを求めている。もう幾度も断ち切ろうと忘れようと、必死に忍として任務に打ち込んだって、その努力すら泡のように消えてしまう。


私は本当の本当にあなたが好きなんだ。



「…」

未だに諦めらめきれない私は馬鹿だ。何故、息の根を止めてくれなかったのと愚かな思いが過る。
昨夜の抱き締められた温もり。声のトーンも瞳の色も匂い。何時だってあなたの記憶は色褪せない。だから、昨夜だけでも抱いて欲しかった。最後の記憶として。



「…デイダラ」

きっとこれからもあなたのことは忘れない。ずっと、ずっと。あなたが私のことをこれっぽち想わないよりも、最も辛いのは大切な人を忘れてしまうことだから。ただ最後に願うことは、せめてあなたにとっても私という存在を覚えていて欲しい。それだけで、いいから。どうか、お願い。
上空は雲一つなく、身体を優しく包んでいくキラキラと注がれる太陽の暖かな光。乾いた地面にぽたりと雫が溢れていった。



いおんはいらない、だから、神様、どうか最後の願いは叶えて下さい




1214/無邪気