text | ナノ




「お前、なんでそんなに不気味なんだよ」
「不器用だから」
「よくそれで忍になれたよな、うん」

「──が器用すぎるんだよ」

屈託なく笑う彼は何時だって私の憧れだった。澄んだ空を厚い雲に覆われても掻き消してしまうような力があって、きらきら光っていた。魅力するものが凝縮されているようだったんだ。思い出は時間と共にセピア色に色褪せていくのに、彼との思い出だけは未だに鮮明。それは、多分ずっとこれからも。




「……っ」

脇腹に鈍痛が走った。呻き声を挙げて、意識が鮮明になると宙に浮いている感覚に陥る。
浮いている?いや、違う。目を開ければ、視界には黒髪が。全身には仄かに温もりが伝わる。どういう流れからそうなったのは皆目検討もつかないが、どうやら誰かにおぶられているらしい。ゆっくりと界隈を見渡すと、木々ばかりでこの漆黒に自分自身まで溶け消えてしまいそうだ。


「…あの、」

「…意識戻ったか」

ポツリと小さく呟く男は私を地面へと降ろす。その時、漸くその者が誰かだと漸く気付く。あの時、遊郭で目が合った男だと。彼の背中を眺めながら、脇腹を擦れば、再び痛みは走る。まるで誰かに脇腹を強く圧迫された痛みだ。
それにしても、一体何があったのだろう?あの時私は瞳を閉じて、それっきり記憶が曖昧だ。ビンゴブックに載っていたあの犯罪者は?もしかして、あの白い物が…。あれで死んでしまったのだろうか。でも、それじゃ辻褄が合わない。何故なら、近くに居た私も死ぬはずなのだから。



「…もしかして、助けてくれたの?」

「随分と辛そうな顔してたから、ついでにな」

男は一向に此方に振り向くことなく、そんな言葉を吐き捨てた。皮肉な言葉だけれど、今の私にとっては助けてくれただけで酷く安堵していて、任務が遂行できなかったというのに心中にじわりじわりと込み上げてくる懐かしい感情。無言で数歩前へと踏み出す男に、私は咄嗟に手が動く。

伸ばしても、追い掛けても、掴めなかったのに、今やっと届いた。



「…なんだ?」



「ありがとう…デイダラ」

目の前の肩が微かにピクリと揺れる。姿は違えど、分かっていた。判るよ。だって、私はずっとあの時から貴方を探していた。どうせ会ったところで何も変わらない。だから会わない方がいいって幾度も自分自身に忠告してきたのに、それに反してまで心の片隅で会いたい、と叫んでいたんだ。
ボンッと音と共にバサッと闇の中に目映い色が現れ、視覚を刺激した。踵を返して、伺える容貌。髪型は多少変わったにせよ、全てが懐かしい。込み上げる気持ちが留まらない。


「バレてたのかよ」
「当たり前。あの“芸術”は紛れもなくデイダラの作品だからね」
「てっきりあん時死んだと思ってたから驚いた、うん」
「私こそ、まさかあんな所でまた会えるなんてびっくりした」
「……たまには行きたくなるんだよ。むしゃくしゃして爆発させちまったけどな」
「…そっか」


「しかし、随分と成り下がったもんだな」

ジーッと此方を凝視してくるデイダラ。多分、この格好の所為だ。いつもは忍としての格好なのに、今は化粧をして華やかな簪で髪を飾り、高価な着物を身に纏っているのだから。

「これは…」
「一瞬、誰だか分かんなかったぞ」
「……」
「お前、まさか本当に遊女なんかになったわけじゃねぇよな?」

「…もし、本当に遊女として身を削いで働いてるって言ったらどうする?」

そしたら、貴方はどうしてくれる?地位も家も忍としても、全てを失って、ただ女というモノだけが残り、それを売っていたら。
浅ましい質問だと思う。あしらわれるのがオチだろう。彼にどうしてもらいたいのか、どんな答えが欲しいかなんて自分でもよく分からない。なのに、自然と言動が発する。


「バカ言ってんじゃねーよ。任務なんだろ?」
「…デイ、」
「色任務とか大変だよな、うん。お前、どんくさいから余計大変だろ」
「…デイダラ」
「取り組み中に入って悪かった」
「デイダラ!」

無意識に強く強く大声をあげた。彼は酷く歪んだ表情を浮かべていた。あの時と同じだ。何故、貴方はそうやって知らぬ間に去るのだろうか。ただ、この一時でいい。この瞬間だけでいいから、私としっかり向き合って欲しいだけなのに。



「もう早く家に帰れ」
「意味分からない。私は、ただデイダラのことが、」
「それ以上言うなよ、うん」
「だって私ずっと、ずっと…」

「じゃあ、抱いていいのか?」

「…え?」
「例え色任務だとしても、今はただの遊女。ならオイラに抱かれても文句はねぇよな?お互い途中で中断しちまったわけだし、いいだろ?」

やっぱり彼は遊郭に遊びに来ていたのだろう。ならば、あいつが言っていたことは戯言ではなかったということだ。頬を触れる彼の手が首筋へと伝っていく。
拒否する行動も言葉も出てこない。石のように動けない。目前にある姿に、あの青い眼に吸い込まれそうだ。彼が里から消えてから不鮮明な毎日を繰り返してきた。生きている証に、呼吸をし続けてきた。それだけ。ずっと、婚約者に愛されているのかもしれない。端からは幸せに見えるのかもしれない。でも、私はあの人を想えない。偽りの幸せなんていらない。私にとって、貴方の存在が全てなのだ。
そして、たった今心底寄せていた貴方が現れた。貴方は私を愛してくれはしない、一生。これからすることも、ただの男としての本能で動き気紛れにすぎない。なのに、それでも愚かな私は貴方を受け入れてしまう。


「…名無」

耳元で囁かれる低音に私はゆっくり瞳を閉じた。



くさんの私をもらってほしかった、あいしてほしかった、たった一人、私、を、


1031/無邪気
title by花洩