君と私の物語 | ナノ




空は茜色から真っ黒へと染め上げられてから、朧気に浮かぶ満月に散りばめられているきらりと小さな輝きを持つ無数の星。いつの間にか残暑から実りの秋と移り変わり冬へと変わろうとしている今の季節、夜になれば白昼と比べ寒々しい。その為か家路へと向かう足取りは、齷齪と早い単調。カツカツとヒールの音が定期的に辺りに鳴り響く。鞄を肩に提げ、片手にはスケッチブック。今春から、私は晴れの美大生となった。かと言って、抜群な才能に恵まれている逸材でもなく周囲と比較すれば知識も技能も乏しい方。何とか勝れるのは多分絵画ぐらいだろう。これで美大に入れたようなものだから。それでも小さい頃から夢見た芸術家に何故か強く惹かれ、今に至る。


「…もう十一時過ぎてる」

左腕に身に付いている腕時計へと眇めれば、短針は十一を指していた。半ば項垂れながら、軽く溜め息をぽつり。課題の期限が迫っているのであるから、仕方無い。それでも睡眠時間が削れている為か、睡魔がじわじわと襲う。その時、ふと頭の中で過ったのは今朝見た不思議な夢。顔も姿見も全く窺えない人物が、誰かに酷く激昂していた。その人の特徴ある低い声から、きっと男の人なんだろうと察知した。私は、それをまるで舞台の観客席で傍観しているように、その者の側に佇立していたのだ。会話からしてその誰かに追い詰められているようだった。自爆と仄めかしているところから、彼は自殺を試みようとしているような気がした。
そして、最期に彼は存在価値があったのか、自問自答していたのだ。極地に追いやられた時、人はどうしても脆弱な部分が少しでも滲み出たり思ってしまうもの。その例えが、正しく彼だった。そして、瞬く間に翳したのは目映い白い光。その中で彼に伝わる訳でもないのに、私は彼に君にはまだ生きる価値がある、と自然に口に出していたのだ。
その刹那、目の当たりしたのは確かに今まで窺えなかった彼の姿だった。



「…かっこよかったな」

瞬間的だが窺えたのは、黄色の奇怪な髪型に空と同じ色をした蒼い瞳。矯正とした顔立ちは可愛さも兼ね揃えていた。私は夢裡の中だけの人物を浮かべてから苦笑をしてから、近道の為に人通りが全く無い隘路へと入る。隘路に一歩踏み出せば界隈は先程と打って変わり、荒んだ木々ばかり。閑素な住宅地が一瞬にして消えてしまったようで、オーバーに言えばまるで森の中に陥ったみたいだ。雲が月を覆い被せ、一層暗くなり尚更怖さが膨らむ。
早く通り過ぎよう。そう意を決した時、従来鳴り響いていたヒールの音がぴたりと何故か止まった。私は足の動きを止めて、怪訝な表情を浮かべる。その視線の先には、ぽかりと一部だけ木々が抜き取られていて、地面のみが抉り表れている。その中央に倒れている人らしき者。月の光が遮られているから、はっきりとは見えないが肢体を型どっている為多分人なのであろう。私はどうしても見てみぬ振りなどできる訳なく、その人に駆け寄った。


「大丈夫ですか?!」

声を掛けてみるが、返答はない。まさか死んでいるのではと思い、顔があるであろう所に手を翳せば息吹は微かにあるのが感じられた。それでもどうしようと立ち往生していると、漸く微かに月の淡い光が射し込んできたのだ。


「…っ!!」

直後、言葉を失ってしまった。脳内がショートしてしまったようだ。自然の光で視界は未だに朧気だが、明らかになったのは倒れている人物。それは、夢に出てきた彼だったのだ。有り得ない有り得ない、まだこれは夢の中なのだろうか。煩悶しながら、冷たくなっている頬を捻るが現実だと痛みが悟ってくれる。

「どういうこと…?」

そう質問しても答えてくれる者は当たり前だがいる訳がない。その前に、この質問に正答はないのかもしれない。私は終始呆然してから、これからのことを煎じ詰める。命に別状はないから救急車は呼ぶ手間はないし(それより、すごく呼びづらい)かと言って私の性格上このままにしとくことはできない。とにかく、このままではいけないと抱き、彼を自分の家へと連れていくことにした。
けれど、男女の体格も重さも全く異なる為、帰宅するまでに本当は数分掛かるとこが、事実数十分も掛かってしまったのだ。




それは冬へと着実に進む季節で、満月の宵の日のことだった。