君と私の物語 | ナノ







何時だって流れる雲を見上げれば、真っ青な空に包み込まれているよう。今まで生きてきた私の進んできた道のりは楽しいことも辛いことも悲しいことも、人間がそんな心情を当たり前に抱くように同じでそれを繰り返してきた。笑って、泣いて、振り返り、途中で転んで、時に支えられ、また立ち上がって。そんな風に平々凡々に時が流れているのは、もしかしたら何より幸せなのかもしれない。映画のスクリーンに映る男に言い寄られる一際目立つ綺麗なヒロインでもなく、銃を片手に構え怪物を倒す女でもない。ただの女。そう、それでいい。充分。
けれど、それは有難いことなのに、何かが物足りない。スリルを味わいたいわけでもなく、悲劇のヒロイン振りたくない。名声が欲しいんじゃない。なのに何故、何が足りないって思っちゃうのだろう?


「雨降ってるらしいよ」
「え、雨?さっきまで晴れてたのに?」
「なんだろーね、さっきお客さんが言ってた。あーあ、傘忘れちゃったよ」
「あ、私もだ」
「でも、まだ小降りみたいだし大丈夫でしょ」

充実した大学生活もあっという間に終わり、悩んだ挙げ句創作活動とバイトの日々を選んだ。急な坂道を駆け上っているけれど、少しでも自分の作品が評価される度にまた一歩成長して、この道を選択して良かったと心底思える。
バイトの終わりにバイトの子と他愛ない話を交わしてから、外へ出た。友達の情報通り、確かにぽつぽつと小さな滴が天から降っていた。不思議なことに太陽が雲の隙間から覗いていて、お天気雨らしい。梅雨明けて間もないからかジメッと湿度の高さが肌に伝わり表皮へ染み込む。覆われた雲に蓋をされて、暑さが籠っている。それでも本降りになるまでには、まだ時間が掛かりそうだ。バッグから淡い黄色のタオルを取り出し、それを片手にカツカツとヒールの音を鳴らす。

今晩は星を望めるのだろうか。二つの星は一年振りの邂逅を果たせるのだろうか。雲に隠れている太陽はまるで欠けてしまっているようだった。それは自身を示しているようで、その厚い雲を消すにはどう手法を行えばいいのだろう。
例えばキャンバスに描いた油絵。厚く塗り潰した灰色の部分。眩しいくらいの純白に染まれば、消えるのだろうか。そしてまた彩飾を与えればいい。その彩飾は一体私にとってどんな存在で何なんだろうか。





「相変わらず学習してねぇんだな」

雨音とヒール音と共にふと背後から届いた声。瞬間、反射的に歩みを止めてしまった。ずしんと心に錘が乗る。誰かの声が鼓膜に侵入し、蝸牛へ神経へ脳へと高速で伝わり、未だに残響。脳内でも、その誰かの一言が反響し続ける。知らない人の声色。誰?いや、何処かで耳にしたことがある、そんな気がする。テレビで?ラジオ?擦れ違った人の声?ねぇ、相変わらずってどういうこと?なんでかな。なんでだろう。涙が出てきそうだ。心から何かが溢れて破裂してしまいそう。



「優月」

ふわっと重力がなくなり、あたたかな何かに包み込まれる感覚。全身の力が抜けそう。そして、膨大なイメージが脳内に蘇る。初めて会った時のこと、一緒に料理をしたこと、テレビを見て、鍋を囲んで、彼の温もり、悪戯そうににっと笑みを浮かべる顔、優しくて不器用な手。


「…………ラ」

あぁ、そうか。今まで抱いた疑問や足りない何かは彼だったんだ。漸く見つけた。私は知っていた。オーバーかもしれないけど、此方の世界の誰よりも。そう、君の名前は…。



「…ただいま、うん」

酷く落ち着く低いトーン。どんなに記憶が破損したって忘却したって、決して忘れるはずなんてなかった。双眸から止めどなく落ちる滴。振り返れば、残像と同じ人が佇立していた。溢れ出す想い。私はおもむろに彼に飛び付き、精一杯のおかえりを呟いた。







fin.

それは神様からの贈り物