君と私の物語 | ナノ



今日も平凡に時が流れていく。まるで電車にガタガタと揺られながら変わりゆく景色をボーッと眺めてくように、時間の経過とは想像以上に早い。この地に産まれた時から今までの流れの速さも、実は一瞬であっという間なのだろうか。駅に停車するように、時たま歩んでいる人生の道のりの途中で立ち止まる。その度に過去を振り返って、千悔して悲しくなって、嬉しくなって。けれど、それは印象や衝撃が大きい思い出ばかり。些細な幸せや辛辣なことは知らぬ間に淡くなって、確実に思い出すことはなくなっていく。それは、一瞬に流れ変わる車窓に似ていた。嫌なことを気にも留めなくなるのは、それでいいのかもしれない。けれど、心が跳躍する気持ちは何時だって忘れたくないもの。

昨日、いきなりデイダラが初めて彼方の世界での話を詳細に話してきた。大雑把には聞いたことはあったが、それでも規模が膨大すぎて不明瞭のままだったからか、その話すら真に受け止めることに躊躇いが生まれてしまっていた。けれど、真面目に語るデイダラを見ているうちにそんな自分が馬鹿馬鹿しくなっていったのだ。きっと悲しみや痛み、苦さを十二分に経験したのであろう彼等を咎める権利などない。例えそれが悪だろうが、彼等の命を奪うまでの権利なんかない。悪に染めたのは、列記とした其処に存在する全ての人達なんだよ。そんなことを口にすると、デイダラはただ笑っていた。周りはそうかもしれない。でも自分は悲しみも痛みも負ったわけじゃない。ただ己の芸術を高めたかっただけ。何よりも芸術を優先してきただけだ、と。それでも、ただの凡人な私には彼すらも咎めるなんてことできない。確かに過ちをしてきた。それでも、私は彼のほんの少しな優しさに触れてしまった所為かできるわけがなかった。何よりプライドを貫き通した彼に感服し、なんだか羨ましかった。諦めがちの私とは、全く真逆だから。



「ただいまー」

夕日が沈みかけ、寒さは日に日に増していく。そういえば、後一ヶ月もしないでクリスマスがくる。今年は彼氏がいるわけもなく、かと言って友達と過ごすこともないだろう。それでも、ほんの少しクリスマスを待ち遠しにしながら、パンプスを脱いで、テレビの音がする方へと歩んだ。


「ただいま、デイ…ダラ?」

言葉が詰まってしまった。視界に広がる一つの空間には、家具や電化製品以外存在していない。人影すら見当たらず、テレビからの音だけが五月蝿いくらいに響かせていた。おかしい。なんで居ないのだろう。
心臓が自棄に五月蝿く鼓動をし始める。それは、まるで嫌な兆しを報せているようだ。違う。違うよ。私はそう心中に復唱しながら、全ての部屋を隅々まで見渡した。



「…なんで、いないの」

自然と声が震えて掠れていた。藻抜けの空と化した部屋。変わりに机上に粘土で作られた鳥が一匹。それをおもむろに取ろうとした直後、ぐらりと視界が歪んだ。全身に力が抜けて、冷たいフローリングにぺたりと座り込む。テレビの音があんなに五月蝿いくらい耳に届いていたのに、小さくなっていく。歪む視界も薄れていく。

「……っ」

徐々に意識が遠退いていくのを覚え、これはタイムリミットなんだと漸く悟った。心が千切れるように痛くて辛さが溢れ出していく。脳内には彼と出会ってからの不思議で、でも居心地よかった記憶が走馬灯のように蘇ってきた。記憶の一部分を切り取ったように瞬時に写されていく。重い彼を引き摺って、家へ連れてきた満月の夜。初めて対面し、冷たく睨まれたあの時。漸く朗らかになっていた関係。一緒に粘土を捏ねたり、絵を描いた。怖い体験を直ぐ様察し、温かで、でも不器用な優しさに包まれた雨の日。一緒に料理もした。初めておでんのばくだんを食べて。夜中まで騒ぎすぎて、隣人に怒られて。笑い合って。ほんの少し喧嘩もして。あぁ、なんでこんなにも幸せな日々だったのに、いつの間にか平凡化してしまい、大切なことを忘れてしまったのだろう。いつも私はそう。風化していく記憶を突然呼び覚ます度に後悔の荒波に巻き込まれていくんだ。

そして、流れ終わると何処からか懐かしくあたたかい低いトーンが響いた。



「……デイダラの…バカ」

そう最後に聞こえた彼に初めて言われた一言も、既に淡くなっていく。そんな状況なのに何も為す術なく、ただ彼の名前を必死に呟き、頬に熱いものが伝いながら、目を閉じた。



あっという間に思い出となってしまった不思議な出会いから今までは、酷く濃厚。さしずめ、大切以上の存在。神様はずるい。突如決断を下してしまうんだから。それを示すように、脳裏に過る薄れゆくのは彼の笑顔。