君と私の物語 | ナノ



「おい、デイダラ。てめー何時まで寝てるつもりだ?」



耳元で聞き慣れたどすの効いた声が入ってきた。意識がパッと戻り、同時に目を開け上体を勢いよく起こすと視界に写るのは仏頂面のサソリの旦那。数秒間固まり、状況が非常に不明瞭だからか「何で、旦那がいるんだ?」と自ずと間の抜けた発言をしてしまった。すると、固い拳が一発とんできた。


「いってー!」

「起きたか?」
「さっきからもう起きてんだろーが」
「ほら、もたもたしてねーで行くぞ。寝る時間はおしまいだ。もう長居してらんねぇ」

「…あのさ、旦那。此処どこだ?…まさかてん、じゃなくって地獄とかあり得ねぇよな、うん」

辺りを見渡せば馴染みある巣窟。だが、腑に落ちない。だってこの状況はおかしすぎる。そもそもオイラは、確か寝る前までは優月と晩飯のハンバーグを食ってからテレビを見て…風呂入って寝たはずなんだ。ハンバーグの味もテレビの内容だってまだ覚えてるんだぞ。


「デイダラ、目ェ開けて寝てんなんて随分と器用じゃねぇか」
「あ、いやだから起きてるって」
「…ったく寝惚けてんじゃねぇ。さっさと任務に行くぞ」
「任務?」
「先行ってるから早く来いよ。もう時間はねぇんだ」

旦那はそう告げると素早く姿を消した。何処からか飛段の笑い声が静かな此方にも反響する。再度周りを確認するとやっぱり馴染みある空虚なあの巣窟。ほの暗く露になっているゴツゴツした岩壁とひんやりとした空気が何よりの証拠だ。


「こりゃあ、夢か…?」


いや、でもどっちが?

でも普通に考えたら、これは夢。こんなに現実染みた夢はおかしいが、明らかにこれは夢だ。大体、サソリの旦那は一尾捕獲の時に呆気なく死んだし、飛段のヤローも死んだってリーダーがいつぞやか言っていた。それにオイラだって死んでるんだ。
でもなんで、こんな鮮明な夢か現実かも区別できないくらいの夢を見ているんだろうか。思考を変えれば、地獄なのかもしれない。けど、こんな抽象的すぎるわけがないだろう。ってことは、やっぱりこれは夢。


「どうすりゃあいいんだ」

いつの間にか飛段の笑い声は聞こえなくなっていて、自棄に静かさだけが目立つ。何故かうちはのガキと戦いを交えた時に消えた外套を身に纏っていて混沌としていると、ふとサソリの旦那の言葉が過った。


「ほら、もたもたしてねーで行くぞ。寝る時間はおしまいだ。もう長居してらんねぇ」

それはせっかちな旦那らしい言葉。普段と変わらない言葉。何時でも口にしてるような言葉。だけど、


「へっ、そーいうことかよ…わざわざそう遠回しに告げるとは旦那らしくねぇな、うん」

嗤笑しながら、ジッとそこに座り続ける。立ち上がるつもりも任務に行くつもりもまだない。ただ、もうほんの暫く寝ていたい。多分、旦那には怒られるがまだ少しだけ寝てたい理由がオイラにはあるような気がしたから。


「悪りーな、旦那。もう少し待ってくれ、うん」

旦那が消えた方向へと眺めながら呟き、そしてまた重い双瞼を閉じ暗闇へと溶けていった。






「……」

目を醒ませば、遠ざかるエンジンの音と鳥の甲高い鳴き声が最初に耳に届いてきた。それから時計の秒針と、辛うじて届いてきた定期的な寝息。先程とは打って変わって、頭が冴えていてソファーから気怠い体を起き上がらせると、ずきりと頭上に僅かな痛みが走った。それがあまりにも滑稽で、自然に口角が上がる。静かにクリーム色のカーテンを開けると、外の景色はまだ薄暗い灰色に包まれていた。東の方にはうっすらとオレンジ色のグラデーションが空に描かれている。

「随分早く起きちまったな…って、これって起こされたのか?」

うーん、と考えてから埒があかないので先日からのことを思い出してみた。ここ数日前からだろう。此方にきてからの記憶がまだ新しくはっきりとしているというのに、それが酷く懐かしい。まるで幼少期の記憶がじわじわと蘇ってくるように、だ。居心地が良いとか、真逆な平和な生活をしてるからという理由が要因ではないと直感的には感じていた。別にそれを執拗に心に掛けているつもりじゃなかったが、今振り返ればそれは示唆をしていたのだろう。


あと少し。

つまりは、あと少しで終わり。此処とはさよならなのかもしれない。あれは、本当にただの夢だったのかもしれない。だけど、それでもあの夢と旦那の言葉は真実だと信じることしかできない。だから、あれは宣告なんだ。

カーテンを閉め直し、定期的な寝息がする方へとゆっくり歩を進めると、優月が布団の中で熟睡していた。寝相が悪かったのか、髪の毛がぐしゃぐしゃに枕に張りついている。


「なんか…ひでぇ間抜け面だな」

不思議と緩む頬。変な気持ちに多少疑問を抱きながらも、最期までどうするかという本題へと置き換えた。ゆっくり、いや、そんな時間もないだろう。さて、本当に死ぬその日までオイラは何をしたいか、そもそもどうして戻ってきたのか。タイムリミットまでにこちらのノルマを達成させよう。




抗うことなく、その日が訪れるのを受諾するだけ。なのにこのもやもや感は何なんだろうか。