decalcomanie | ナノ

流れる雲を呑む恍惚



「…はぁ」
「やっぱ此処は最高だな、うん」

汗ばんでいた皮膚にひんやりと冷たい風が撫でる。そんな冷風に感嘆の溜め息をぽつり。小さなこの部屋(資料室なのに冷房が付いてるなんて贅沢!)に、この冷たさは一気に充満していた。
そんな中、この密室に男女が二人っきり。と、言ってもほんの数十分前に初めて会話をした仲だけど。しかも、私は地味に平穏に生きている一年生。彼は校内でも名が通っている有名な二年生。それはそれは天と地の差。なのに、数十分前の大事故により現在このような状況に陥ってしまっている。相手をしろと言われ、弱味を握られている私は勿論頷いた。それから、そういえば相手って何?と気付いた時には既に遅し。デイダラ先輩に、腕を掴まれ。成す術もなく、彼の後に着いてきたのだ。そして、今に至る。

「…あの、その相手って?」

床にどさりと座り込み、壁に寄り掛かるデイダラ先輩に私は少し離れた所に座った。恐る恐る質問をすると、デイダラ先輩はああ、と思い出したかのように此方を眇めた。そして、口を弧に描き、瞬く間にすぐ傍に移動してきた。それもかなりの密接。もしかして、これはかなりやばい状況なのでは。もしかして、そういう目的で此処に連れて来られたの?そういえば、暁は手が早いっていう噂を聞いたことがあるし。どくどく。煩く鼓動する心臓が、まるで私の疑問に答えてくれているようだ。

「…、先輩っ!」
「うん?」

第二回目の大事故が起きる前兆に違いない。自意識過剰とかじゃなくって、この密室にこの密接状態だったら、思いたくないけどそう思っちゃうよ!意を決して、この予兆をどうにかしようと普段あまり使わない頭を回転させる。出てこい、この状況を避けられる言葉!けれど、想像してた以上にあたしはパニック状態らしく。

「わ、わ、私…はは初めては絶対っ、す、好きになった人と、って決めてるんですっ!」

哀れにも、数十分前と同じようなことを繰り返してしまった。しかも前回よりも酷い。デイダラ先輩は、そんな私の態度に目を丸くして、それから突然腹を抱え笑い転げた。

「お前、やっぱ面白いな!」
「………はい?」
「相手ってのは、次の授業サボるから暇だから早水もサボれってことだぜ、うん」
「………え」

青い瞳は細め、うっすらと涙を浮かべている。どうやら相当勘違いしてたみたいだったと気づいた瞬間、顔から火が吹き出るように、熱を籠らせた。ご、ごめんなさいと慌てて答えると、一層先輩は顎を外す。
大体、こんな状況になれば誰だって勘違いするよ。とか、密かに反論な気持ちが沸々と込み上げてきたのは言うまでもない。

「でも、」

「デイダラ先輩?」

笑いの風が漸く収まったらしく、次に一気に真面目そうな表情を浮かべ、此方を見つめてきた。ただでさえ近すぎるのに、そんな矯正な顔が此方を目視する。その髪色の所為か、くらくらする。デイダラ先輩の空に近い青色の瞳には、唖然とする馬鹿面な私の姿が映し出されていて。頗る恥ずかしさが込み上げ視線を逸らすと同時に、耳元で低めの声色が入ってきた。

「残念。オイラは大歓迎なんだけどな」
「!?」

急上昇する熱。何をこの人はおっしゃってるの。も、もうダメ。此処冷房付いてるのにも関わらず、暑くて堪らない。混乱状態が屋上にいる時から継続していて、そろそろパンクしそう。
その時、デイダラ先輩が頭をぽんぽんと軽く叩いてきたので、少しだけ正常に戻った。

「なんてな」
「…え?」

「今のは冗談だ。それにオイラ、そんな軽い奴じゃないからな」

そう飄々と口にするデイダラ先輩。どうやらまんまとデイダラ先輩の冗談に嵌まりっぱなしなようだ。それでも、何故か厭う訳もなく怒りも現れない。悪戯そうにやんちゃな笑みを溢すデイダラ先輩にそんな感情が表出せず、寧ろデイダラ先輩独自の雰囲気に呑まれていく一方なのだ。



(美術部?い、意外ですね)(芸術ってのはな、美しく儚く…以下略)(そう思わないか?)(はぁ)