decalcomanie | ナノ

空から落ちてきた少女



「何でオイラだけこんな目に合うんだァアア!」

それは騒がしい朝のHRが終わり、つまらない一限目を終え同じクラスであるサソリの旦那と廊下を歩いていた時のことだった。二限目は面倒くさい移動教室なもんだから、重い足取りで。そんな時、なんか後ろやけに五月蝿くねぇか、と旦那が質問してくるもんだからオイラはそういえばそうだな、と暢気にそれだけを返す。と、ふと確かに近付いてくる足音(バタバタうるせーぞ)に振り向いた。其所には数名の女子が迫ってきていて、紛れもなく確実に此方に向かってきていた。しかも、最悪なことにその女子達は所謂サソリの旦那や…オイラの追っかけってやつなのだ(うざい女共だ)
げっ、と顔を歪め青ざめて隣にいる旦那にこれは危険だと知らせようとしたら、いるはずの旦那は其所にはいなく。既に蛻の殻と化していた。どうやらオイラがのんびりしている間に、早くにも悪魔が迫ってくることに感知していたらしく先に逃げたらしい(旦那のばかやろうっ!人でなし!)
それから、オイラはその女達から逃げて逃げて、漸く距離が離れてきたのだ。その間、デイダラ何で逃げるのよとか変な声が聞こえたような気がした。気のせいだと思いたい、うん。それから階段を見つけると、がむしゃらに掛け昇っていく。そして、最上階まで掛け昇り、鈍色の冷たく重い扉を開けてすぐに閉めた。階段を昇ってくる音は聞こえない。どうやら追いかけるのを止めたらしい。安堵の一息を吐いて、一気に力が抜けた。

「……サボるか」

どうやら屋上まで来てしまったらしい。今更、教室に行くのも難儀だ。それに、この校舎の屋上は運が良いのかオイラのベストスポットでもある。いくつかある屋上の中でも此処はほとんど人がいることがないから、ゆっくりできるわけだ。

「さて、と」

そうと決まれば、梯子にでも登るか。くるりと、踵を返して鉛光りする梯子を目にする。その時、上から金属の軋む音が耳に入ってきた。視線をそちらに移動すると、梯子から降りようとしている真新しい制服が目に入った。誰だ、と不審に思いながら下から眺め続ける。


「あ、青」

何よりも、スカートの中からちらちらと見え隠れする青が目に入ってしまった。不覚にも声を出してしまうと、その女はゆっくり顔を下へと振り向いた。
太陽の光で眩しくてそいつの顔はよく見えないけど、何故か目が離せなかった。するといきなり変態っ!、と高い口調が叫んだのだ。確かに見ちまったオイラがいけねぇが、見えてしまったのだから仕方がない。大体、誰なんだ。って、思考を繰り返してるとそいつは足を踏み外したのか手を梯子から滑らせたのかは解らないが、とにかく落ちてきたのだ。オイラの上に。とにかく、男たる者ここはキャッチするしかねぇ!


「ぎゃあ!」

ドサリ、と鈍い音と共にそいつは変な声を発し、オイラは咽喉の奥から呻いた。両手に難なく落ちてきたのはいいが、落ちてきたそれを簡単に両手のみで受け止めるなんてことはできず。落ちてきたそいつによって、オイラは哀れにもクッションとなってしまったのだ。俄なことに、女は落ちてきた後も何故かオイラの上から退かない。あぁ、今日は本当についてねーな。

「お、おい……早く退けよ、うん」
「えっ?!」

女はオイラの必死で出した声に、今の状況をやっと理解したのかすぐに退いた。鉛が取れた体は、そりゃあもう軽やかで。

「ごごごご、ごめんなさいっ!!」

必死に謝ってきた女に、オイラの瞳には真っ青な空を映し出していた。どうやら女はパニック状態なのか噛みまくりだ。

「…ってぇ」

痛々しい体をゆっくり立ち上げる。立ち上がって、顔を上げると、其所には女が茫然と佇立していた。青いリボンからして、どうやら一年生らしい。見たこともない顔だ。でも、キャーキャー騒いでるような奴等ではないみたいだな。初めてちゃんと視線がぶつかると、何故かそいつは目を点にして黙り込んでしまった。

「おーい…大丈夫か、うん?」

口をあんぐりさせるそいつにオイラは手を何度か翳してみる。それから暫くして、朧気にそいつは声を発した。それから、また終始静まりかえる。一体、何なんだ。オイラは何もしてねぇぞ。むしろ、やられた方だ、うん。

「す、すみません!…あの、その…乗っちゃて……」
「こんくらい平気だって」
「本当にすみません…えっと、サ…ソリ先輩」

申し訳なさそうに謝罪する女は頭を深く下げた。そこまでされると、逆にこっちまで罪悪感が広がるな。それにしても、どうやらオイラの名前を知っているらしい。って、待てよ。サソリ先輩、だと?そいつの間違いに気付くと同時に、オイラは腹を抱えて笑いだした。勿論、そいつは頭上にクエスチョンマークを浮かべている。真面目に謝って、何で間違えるんだ。と、言うかオイラそんなに旦那の影になってるのか?それにオイラ、旦那と全然似てねぇーぞ、というか似たくもない!そんな考えが浮かぶと笑いの風は一気に収まり、未だに解らないそいつに、オイラはデイダラだと自ら訂正をしてあげた。

「初めて旦那と間違えられたな、うん」

何か、嫌だな。旦那と間違えられるなんて。そんな思いが、少し顔に出てしまい笑いは苦笑と変化した。そいつはハッとして、更にオイラに何度も謝罪してきた。いいと、気にしてない的な感じに返答するとそいつは躊躇してから、でもっ、と口にして身を引かない。

すごく一生懸命すぎて健気で、何だかすごく可愛く思えた。飛段みたいに女が大好きでもなく、かと言ってイタチのように団子と弟しか興味がないってでもなく、でもどちらかと言ったらオイラは女が欲しいかと聞かれたら頷くが別に作ろうとは思わない部類だ(ま、モテるってのは気分いいが)特にこの学校の一部の女は如何にも男が欲しいオーラが出ていて飢えているようで、好きにはなれねぇ。かといって、こいつに恋愛感情を抱いた訳じゃない。ただ、珍しく久々に女を可愛いだなんて思うなんて、今日はおかしな日だ。とにかくその所為なのか、顔は自然に綻んでいた。そこまでしても身を引かないなら、オイラの好きにやらせてもらおうか。

「じゃあさ、オイラの相手してくれないかい、うん?」
「相手、ですか?」
「そのリボンの色…あんた、一年生だろ?」
「…そうですけど」
「それより、名前は?」
「…早水透子です」

それから、クラスや部活入ってるのか等質問攻めすると一年の早水は素直に返答する。クラスはどうやらA組らしい。確かトビもA組だったな。モクモクと、楽しいことを思いつき、オイラはうんうん、と納得して数回頷く。

「やっぱオイラの相手しろ」
「相手って言われても」
「無理とか駄目だぞ。もし無理とか言ったら…」
「言ったら?」

「トビに言うからな、うん」

今日の色は青だって。と、わざと早水の耳元の傍で囁く。すると、想像していた通りに顔を真っ赤にさせ、口をパクパクさせていた。あまりに予想通りの反応に第二の笑いが込み上げたが、ここは我慢。なんつーか、トビ並みにいじりがいがあるな。
それから無意識なのかは分からねぇが、早水は突然、今日は青じゃなくって水色の下着なのにとかぶつぶつ言い出した始末。

「へぇ」
「……な、何ですか?」
「水色だったのか」
「へ?」

素頓狂な声を出す早水。その間抜けた感じからして、心に留めていた気持ちを口にしてしまったらしい。やっぱりこいつおもしろいな、うん。

「…思いっきり口に出てるからな」

若干呆れつつ指摘してやると、早水は青ざめたまま言葉を失っていた。それもそうだろう。自ら故意的に穴に落ちたようなものだ。

「わ、分かりました」
「よし決まりだ、うんっ!」

どうやら折れたのか了承して、これから楽しくなると思うと口角が緩んだ。それから、早水の腕を強く引っ張る。目指すはオイラの第二のベストスポットへ!



(ど、どこに行くんですか?)(あそこだ)(あそこってどこですか?)(あそこはあそこだろ)(…)