decalcomanie | ナノ

碧空ホワイトアウト



じわりと額から汗が流れるのを感じた。そんなの、当たり前なんだけど。こんな120%直射日光に当たる場所にいるんだから。
それに…目の前で倒れている人。と言うより、私が落ちて哀れにもクッションになってしまった人と言ったほうがいいだろう。キラキラと輝く太陽に似た黄色の長髪。そして、一部を結っている上辺りに乗ってしまった所為か、ぐしゃぐしゃ。この変態の所為で、更にあたしは汗をかく理由ができた。ただでさえ肌はペタペタしてるのに。まさか、密着しちゃうなんて。クッションになってくれて、良かったのも一理あるけど。それより、この人何処かで見たことあるような。顔が此処からでは、よく伺えない。

「…ってぇ」

色々な思いが脳裏に過っていると、よっぽど痛かったのか、苦し紛れにその人は唸った。そして、仰向けになっていた状態からその人は立ち上がる。ゆっくりと顔を上げて。

「…………」

あれ、この人。ふと頭の中が真っ白になった。まるで空に浮かんでいる入道雲みたいに。先程までの思考は、パッと灯火が一瞬にして消えたみたいで。ドキドキと急激に驚悸してしまった。だって、まさか今朝友人と話のネタにしていた“彼等”の一人とこんな形で出会うなんて。


「おーい…大丈夫か、うん?」

驚いたあまりに口をあんぐりしたまま、その場で固まって佇立する。そんな私に、彼は顔を近付けて、片手を動かし意識があるのかを確認している。

「…あっ、と」

未だに真っ白に染まっている私の脳は、上手く言葉を出せない。顔近いっ!や、やばい。どうしよっ。焦燥に駆られたり、慌忙しているのは心の中だけ。実際は石像みたいに固まっていて、彼はそんな私をからかっているのか心配しているのかは不明だが、同じ動作をもう一度繰り返す。
こんなことしてたら、次の授業始まっちゃうよ。いきなり何故か真面目な考え方が浮かび、正常へと徐々に回復していく。普段は決してそんなこと考えないのだけど。こういう時に限って、頭は真面目だ。

「す、すみません!…あの、その…乗っちゃて……」

申し訳なさそうに床へと視線を落とす。申し訳ないと言うより、目を合わせられないというのが事実。まさか、あの中の一人と遭遇してしまうなんて。神様、これはどういう仕打ちですか?なんて何処かの宗教の信者でもないくせに、神に縋ってみてしまう。

「こんくらい平気だって」

「本当にすみません…えっと、サ…ソリ先輩」

頭を深く下げて、セールスマンみたいに謝る。しっかり名前も付けて。有名なお陰で名前はインプットしていたのだ。これできっと、帰れる。解放される。だけど何か違和感、それに腑に落ちない。この黄色い人ってそんな刺々しい名前だったけ?不意にそう思うと、目の前の黄色は突然お腹を抱えて笑いだした。その言動に、勿論私はただただ目を点にして。

「オイラはデイダラだ」

初めて旦那と間違えられたな、うん。と、笑顔というより苦笑を添えてそう答えた。私は一気に恥を知って、硬直する。何がインプットしてた、だ。そういえば、“彼等”の一人であるサソリ先輩は確か赤色でふわふわな猫っ毛だった。しかも、サソリ先輩はクールアンドビューティーでシリアスだけど恐いイメージ。デイダラ先輩といえば元気よくって活発でやんちゃなイメージ。雰囲気が全く真逆ってくらい違うそんな二人を何故間違えるんだ、私。そして、案の定デイダラ先輩に謝罪の言葉を繰り返す。事故の件も含めて。

「いいって」
「で、でも…っ」

本当は今すぐ逃げたいところ。だけど、何されるか分からないからちゃんと謝るしかないのだ。そんな身を引かない私に先輩はにこりと綻ぶ。その笑顔にやられたのは言うまでもなくって。初めて喋って、こんな間近でこんな端正な顔を見たのだ。改めて、ファンが多い理由が解った気がする。

「じゃあさ、オイラの相手してくれないかい、うん?」
「…相手、ですか?」
「そのリボンの色、一年だろ?」
「…そうですけど」

我がマンモス校は学年ごとに女子の制服のリボンの色が違う。ちなみに男子はブレザーでネクタイの色が異なるが、今の季節ネクタイを身に付けてなくてもいいのがいいところだ。一年は鮮やかな青に彩られている。二年は暗めな赤、三年は深い翠。夏はしなくてもいいけど、私はしてる方が好きなのでよくしているのだ。そして、意味が解らない事を次々と発していく先輩に、私は着いていけずあっけらかんとしていて。そんな私にお構い無しに、先輩の口の動きは止まらない。まさにノンストップだ。

「それより、名前は?」
「…早水透子です」

クラスは?部活入ってる?等、質問攻めを食らう。私は、渋りつつもその質問一つ一つにきっちりと答えた。私の個人情報が“彼等”の一人に流出してしまう日が来るなんて。数十分前に戻りたい、と後悔しつつ。暫くして質問が終わり、うんうん、と先輩は口癖(?)と共に頷く。


「やっぱオイラの相手しろ」
「…相手って言われても」
「無理とか駄目だぞ。もし無理とか言ったら…」
「言ったら?」

「トビに言うからな、うん」

今日の色は青だって。と、耳元で囁かれ。ニヒルな笑みを溢すデイダラ先輩に、私は顔を紅潮した。金魚のように口をパクパクさせ。言葉による攻撃を食らって、まさに混乱状態。まさかデイダラ先輩と同じクラスのトビが仲良いだなんて、計算外。それに!今日は青じゃなくって水色の下着なのに(しかもお気に入り)見間違えてるくせに、何なのこの人!!

「へぇ」
「……な、何ですか?」
「水色だったのか」
「へ?」
「…思いっきり口に出てたぞ」

半ば呆れ顔な先輩に、もう何も言うことはなかった。ただただ、青ざめたままで。それよりもあの口達者なトビに知られるより、デイダラ先輩に従っていた方がずっとまし。その方がきっとまだ平和に暮らせるはず。選択はもう決まっていた。

「…わ、分かりました」

「よし決まりだ、うんっ!」

間を空けて了承すると、太陽に負けないくらいの眩しい笑顔を向けられた。それに仄かに眩暈を覚え、急に彼はあたしの腕を強引に自分の方へとずるずると引っ張った。




(助けてーっ!!)(ちょ…、相手するって言ったのに今更なんだよ?)