decalcomanie | ナノ

歪む安穏のサイン



先輩達と関わるようになってからあっという間に数週間が経った。その間に昼休みを一緒に過ごしたりメールをしたりして、確実に赤の他人というポジションの位置には程遠くなっていた。私と先輩がまさか知り合いだなんてことはなんとか周囲にはまだバレていなく、至って平和。けれど何時バレるか崩れてしまうのか、本当はすごく怖い。時間が経過するにつれ、私と先輩達との間の距離は徐々に縮まっていくばかり。先輩達自体が嫌な訳ではなく、周りの目や私自身が先輩たちに深くのめり込んでいきそうだから怖いのだ。けれど先がどうなるかなんて全く検討もつかないのだから、こんなことでびくびくしても仕方ないのだけど。

「どこ行くの?」
「屋上かな」
「まさか、またサボりじゃないでしょうね?」
「違う違う。昼休みだけだから。それに、絶対にサボらないって決めたの。ほら、イビキ先生怖いし…」
「確かにイビキ先生は怖いけど」

納得いかないのかテンテンは多少訝しそうな視線を此方に向けてくる。さっきの発言が嘘とでも思ってるのだろう。それでも気に留めず、片手に汗ばむ烏龍茶のパックを持ち、じゃあまたあとでねと教室を後にした。
屋上とは言ったものの、自然に足はあの資料室へと向かっていた。デイダラ先輩と其所でおちあうなんてつもりはなく、ただあの場所が季節的にとても気に入ったからだ。そういえばもう数回資料室に行ってるけれど、あれ以来デイダラ先輩と其所で一緒に過ごしてないな。なんてことをふと考えながら、資料室と掲げられている札を見上げた。その時、ガタンと物音が相変わらず人気が少ない廊下に響き渡る。物音がしたであろう所を視線で辿ると、それはあの資料室から。


「…デイダラ先輩かな」

しか、いないよね。フゥと深呼吸してドアに手を掛け、開けようとするとドア越しに微かに誰かの声が耳に届いてきた。それは男にしては高いトーン。怪しい。別にそんなに目を光らせてるわけじゃないけれど、好奇心を旺盛にしてあたしは室内に居る誰かに気付かれないようにソッとドアを覗ける程度に開く。その隙間から資料室を覗くと、ひんやりとした空気が肌を撫でていった。

「…」

視野は狭いが人影が一、二つも。太陽の光に劣らないくらいの眩しい銀色だけが一際目立つ。あの黄色だけは何処にも見当たらない。ただゆっくりと、まるでスローモーションのように重なっていく二つの影。それが何を示しているのか理解するには、然程時間は掛からなかった。ドラマや映画で見慣れている行為を今この場で目撃してしまい、あたしは早急に此所から立ち去ろうとした。罰をした気分に陥るし、かなり気まずさでいたたまれなくなった。とりあえず早く教室に帰ろう、とドアから顔を放そうとした時。


「っ!」

それはほんの数秒。それが引き金になったのか、私は風のように教室へと踵を戻した。静かな廊下をバタバタと足音だけが虚しく響き渡る。ドキドキする。やたらと息切れがする。経緯を振り返り、覗くんじゃなかったと後悔が心中に限りなく広がる。あの時、酷く動悸をしてしまったのだ。あのほんの数秒間、あの人が此方を振り向いたのだから。そして、口元をつり上げていたのだ。まるで私がいることを既知しているかのように。



脳裏に焼き付くのはマゼンダの瞳