いつもと違うきみだったから



「音羽くん、呼んでるよ」

一也と洋一と話していると、名前を呼ばれて。振り返ればそこには同じクラスの鈴木さんが立っていて、彼女が指差した方を見ると元カノが廊下の壁にもたれて待っていた。

「ありがと」

なんとなく相手の言いたいことは分かっていたから行きたくはなかったのだけれど、断ったら気持ちを無下にしてしまう気がして。「行ってくるわ」と2人に言えば、洋一が「おー」と返事をしながら元カノ、俺、一也の順に視線を巡らせた。なんとなくそれが気になって同じように視線を動かせば、一也の表情が曇っていて。どうしたのかと尋ねれば、先ほどの表情が嘘のようにぱっといつも通りになる。

「何が? はやく行ってやれよ。ヨリ戻すチャンスかもだぜ」
「あー、いや……うん」

にやりと笑う一也に歯切れの悪い返事をして元カノのところへ向かう。そのまま俺たちは空き教室へ移動したから、このあと2人がどんな話をしていたかなんて当然知る由もなかった。

「は〜」
「思ってもねェこと言うからそういうことになんだろうが」
「だって彼女、そういうつもりじゃん……。音羽にその気があんのかは分かんねぇけど、元々好きだった相手だぜ? 悪い気はしないだろ」
「それにしたって……いや、お前が不器用なのは分かってた話だけどよ」
「言わなきゃよかった」

***

「音羽くん、あのね」

空き教室へ入ったあと、元カノは躊躇いがちに口を開いた。俺は何も言わずに次に続く言葉を待つ。発せられたのは、やはり予想通りのものだった。

「もう一度やり直したいの。私、ちゃんと音羽くんの話聞けてなかったなって……。何してても音羽くんのこと考えちゃって、ずっと忘れられないの」
「悪いけど、もうお前とは付き合えない」
「叩いちゃったことまだ怒ってる? あのときはごめんね。反省して、」
「あれはもう気にしてない。でも、もう付き合えない」

俺の中ではもう折り合いがついてしまっていて。今さらやり直そうと言われても無理な話だった。付き合っていたころも擦れ違いが多くて、一緒にいるのが楽しいと思っていたのは最初のころだけだったのだ。一緒にいても気を遣うだけの相手とは付き合えないし、彼女だって辛い思いをするだけだ。
けれど、目の前の彼女は何を勘違いしたのか、俺が思ってもみなかったことを口走る。

「……それって、御幸くんがいるから?」
「は?」

なぜそこで一也が出てくるのだろうか。彼は仲のいい友人で、今の会話の中では全く関係のない人だ。意味が分からないけれど、彼女はそんな俺にはかまわず話を続ける。

「音羽くんって、御幸くんと付き合ってるの?」
「……何で?」
「2人ともいつも距離近いし、御幸くん見てたら分かるもん。音羽くんのこと好きなんだって」

私と同じ目をしてる、と呟く。彼女の言葉の真偽については分からないけれど、とにかく諦めてもらわなければともう一度謝れば「分かった」と返ってきた。元カノの出て行った空き教室で1人考える。
一也が俺のことを好き。その好きという感情は、友人としてのものではなく、恋愛対象としてのもの。そう言われたのだ。本人の言葉ではないから信じこむのは良くないけれど、一也が俺のことを好きという前提で今までの言動を思い返してみる。
ただの友人として距離が近くても気にしていないのが分かっていたからやっていたスキンシップ。彼も嫌な顔はしていない、それは分かっている。しかし最近、ふと顔が近くなったときに赤くなっていたり、食堂で一口をねだったときに一瞬躊躇ったり。そういえば少し前から、彼の悲しそうな顔や曇った表情を見ることが増えたような気がする。先ほど元カノに呼ばれたのを見たときだってそうだし、スキンシップをしたときだって一瞬辛そうな表情をするのだ。

「心当たりがない、とは言えねぇな……」

1人で悩んでいても仕方ないかと溜め息を吐いて、空き教室を出て自分のクラスへ向かった。

***

「あれ、一也は?」
「沢村に捕まった」
「ああ、野球部の」

よく一也に絡みに来る野球部の沢村栄純。目立つから覚えてしまっていた。それならば暫く帰ってこないだろう、これは好都合だと先ほどの元カノの言葉について相談してみることにする。

「洋一。一也って、俺のこと好きなの?」
「ぶふぉっ」

せっかく周りに聞かれないよう声を潜めていたのに、洋一がお茶を吹き出したせいで台無しだ。彼は机をティッシュで拭きながら言葉を紡ぐ。

「……何でそう思った」
「いや、さっき元カノが」

先ほどの話をすれば、洋一は納得したように「そういうことか」と呟いた。一也がいないことを確認して尋ねてみる。

「で、どうなんだよ。何か聞いてたりすんの?」
「いや。あいつ、肝心なところで何も言わねェし」
「……洋一って、嘘つくとき右上見るよな」
「えっ」
「嘘だよ」
「おまっ……性格悪ィな!」

睨んでくる洋一はスルーだ。知ってしまったものは仕方ない。けれど、本人から想いを聞いていないのだから、何も知らない体で話すべきなのだろう。彼の気持ちに応えられないのであれば尚更。
一也のことは好きだ。けれどそれは、一也から向けられているであろう好きとは違う。一緒にいて気を遣わなくていいし、楽しい。それは友人としての感情だった。日常生活の中で格好いいとかかわいいとか思うことはあるけれど、だからと言って恋愛対象として見ているわけではなかった。
一緒にいて楽しい、面白いというこの感情は洋一に向けるものと同じで。だから、一也の気持ちには応えられない。友人として今まで通り変わらず接していくと決めて、彼の帰りを待った。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -