目が合うたびもっと好き



「うわ、真っ暗」

遅くなることは分かっていたから家族には予め連絡していたのだけれど、時間を見てみれば思っていたより遅くなっていて驚いた。部活に入っていない俺は、基本的にこんなに遅くなることはないのだけれど、部活の試合の近い友人に練習に付き合ってくれと頼まれて付き合うことがあるのだ。先週はテニス部、一昨日はバスケ部、今日はバドミントン部。楽しいから話を受けているのだけれど、今日は相手の調子が悪かったのと自分の調子が頗るよかったことで何試合しても勝ち続けてしまって。相手が「勝つまでやる」と言い出したからそれに付き合っていたのだ。本気で向かってくる相手に手を抜くわけにもいかず、こちらも本気でやっていれば、何試合したか分からないくらい試合をしてしまったのだった。

「さすがに疲れた……」

溜め息をついてスマホを見れば、一也からいつもどおりメールが入っていた。学校で毎日顔を合わせて話すのだけれど、メールもほぼ毎日しているのだ。その内容はさまざまで、学校で話し忘れたことだったり翌日の授業の予習範囲だったり、部活でこんなことがあったという報告だったり。何度かやりとりをしたあと、おやすみとメールを送り合うのが常となっていた。

今日は2件入っていたから珍しいと思いながら開けば、1件目は本文には何も書かれていなくて、写真が2枚添付されているだけだった。開いてみれば、一也が戸惑ったような顔で赤面している写真。しかもいつも見慣れている制服ではなく、寮で過ごしている私服だ。誰が撮ったのか分からないけれど、こんなかわいくてレアな姿を撮影してくれたのには感謝しかない。この表情をみんなに見られたのは気に入らないけれど。

とりあえずその写真を保存して、2枚目を開く。そちらは頬は赤いけれど幸せそうな顔をしていて。蜂蜜を煮詰めたような色をした瞳がとろりと蕩けそうになっている。俺のことを考えてくれている表情ならいいのだけれど。当然のごとくそちらも保存し、そして待ち受けに設定したあと2件目のメールを見れば、本文に"さっきのメール、画像見ずにすぐ消して!!"と必死さの伝わる文字が並んでいて思わず笑ってしまった。

「残念、保存しちゃったし」

写真を送ってきたのはおそらく一也ではないのだろう。彼の携帯を取りあげて写真を送れる人物なんているのだろうか、そう思って洋一にLINEを送れば、すぐに既読がついて。3年生の先輩が、勝手に一也の携帯で撮影して俺に送ったとのことだった。"分かってると思うけどどっちも音羽のこと話してるときの顔な"と律儀に説明してくれる。
それだけで嬉しくなって、愛おしさがこみ上げてきて。ああ、やっぱり相当好きだな、なんて思って、会いたくなってしまった。認めるしかない彼への想いを今すぐ伝えたくなって、自宅ではなく青心寮の方へ足を向けた。

***

青心寮へ来るのは2度目だった。最初に来たときはまだ1年生のころで、先生から洋一に渡すよう言われた急ぎのプリントを持ってきてすぐに帰ったのだ。見慣れない景色に少しだけ躊躇う気持ちはある。部外者が入っていいところではないのも分かっているつもりだ。だから、邪魔しないよう、誰にも会わないよう注意を払って物陰に隠れながら一也を探すことにする。
部屋に入ってしまっていれば会えないけれど、この時間なら自主練をしているのではないかと思い、室内練習場をこっそり覗いてみたけれどそこに彼の姿はなかった。
約束もしていないのに会うのは無理か、なんて思っていると。

「あれ、音羽?」
「っ!……ナベか」

後ろから声をかけられて冷や汗が流れる。けれど、振り返った先にいたのは同級生の渡辺久志だった。

「どうしたの、こんな時間にこんなところで」
「あー……えっと、」
「御幸なら、今はみんなのいないところでバット振ってると思うよ」

さすがの観察眼といったところか。ただ、見つかったのがナベでよかったと心底思った。ゾノや後輩の沢村くんだったら、おそらく騒ぎ立てられて一也に会うどころの話ではなくなっていただろうし、洋一なら一也の居場所は教えてくれるだろうけれどあとでからかわれるのが目に見えている。

「ありがとう、ナベ」
「どういたしまして。みんなに見つからないように気をつけて」
「うん」

ナベと別れて、人に会わないように隠れながら一也のいる場所を目指す。人のいない場所をナベから教えてもらったからそれを頼りに各場所を回っていると、遠くに彼らしき姿を見つけた。ナベの言うとおり素振りをしている。努力を人に見られたくないというのも一也らしいなと思いながら、気づかれないよう少し近づいた。それでも距離は保っているから、一也はおそらく気づかないはず。彼が素振りを終えるのをそこで見ながら待つことにした。

暫く素振りを続けた彼が動きを止める。息を吐いて汗を拭いているから、おそらく終わったのだろう。彼に気づかれないよう近づいて、少しだけ離れたところから声をかけた。

「一也」
「! え、?」

こちらを見て、驚いたように目を丸くしたまま固まっている。それはそうだろう。おそらく彼の頭の中は今疑問でいっぱいだと思う。それに小さく笑って、近づいて。手を伸ばせば触れられる距離まで歩を進めた。

「音羽、なんでいるの」
「一也に会いたくて来ちゃった」
「なんで、……っあ、メール! ちゃんと消した!?」
「あー、ごめん。保存しちまった」
「消せよ!」
「必死かよ」

スマホを取り出してひらひらと振って見せれば、それを取り上げようとする一也。必死すぎるその姿に笑ってしまう。やはり本当に見られたくなかったらしい。

「あんな気持ち悪い顔、音羽に見られたとか恥ずか死ぬ……」
「俺は嬉しかったけど」
「っ、そうやって、すぐ期待させるようなこと言う」

暗くて見えづらいけれど、少し顔が赤くなっているように見えた。そして、その表情が歪められて、泣きそうになっているようにも。そんな彼の名前を呼べば、視線がこちらへ向けられる。

「期待、してくれていいよ」
「え……」
「好きだよ、一也。待たせてごめんな」

どういう意味か分からないといった表情をした一也に想いを告げれば、驚いたように一瞬固まって。煮詰めた蜂蜜色が揺れて、それが溢れた。

「う、わ……悪ぃ、嬉しすぎて、」

目元を拭う一也の腕を引いて、自分の腕の中に閉じ込める。驚いたらしい一也が一瞬身を固くするけれど、戸惑いながらもゆっくりと背中に手を回してくれた。

「音羽、好き」
「うん、知ってる。俺も一也のこと、大好き」
「夢みてぇ」

一也がぽつりとそんなことを呟いたから、夢じゃないことを分からせてやろうと悪戯心が疼く。抱きしめていた身体を少しだけ離して、彼の唇に自分のを重ねる。離れるときにぺろりと一也の唇を舌でなぞれば、彼はかあっとこれまでに見たことのないくらいこれでもかというほど顔を赤く染めた。

「夢じゃなかっただろ?」
「っ〜〜!」

以前は強気に「いつかさせてもらう」と言っていたくせに、いざこちらからするとこの反応。かわいらしいにも程がある。思わずかわいい、と呟いてもう一度抱きしめれば、彼ははっとしたようにもがき始めた。

「す、ストップ! 俺絶対汗くさいから!」
「今さら? 別にくさくないし」

抱きしめる腕にわざと力を込めて、一也の肩口に顔を埋め、すぅ、と息を吸う。その一連の動きに、彼はぴしりと固まってしまった。

「かわいい」
「っ、もう、本当に心臓もたないから……」

今度は腕の中でふるふると震えだして。暗くても分かるくらい耳まで赤く染まっている一也にもっと意地悪したくなってしまったけれど、本当に限界らしいからくつくつと笑いながら身体を離す。解放された一也は、少しほっとしたように息を吐いて、こちらにじとりとした視線を向けた。

「というか音羽はなんでそんないい匂いさせてんだよ」
「すっげぇ汗かいたからシャワー浴びたんだよな」

バド部の練習に付き合ったあと、シャワールームを借りてシャワーを浴びてきたのだ。相手にも我が儘を通した自覚があったらしく、快くシャワールームを貸してくれた。シャワーを浴び終えて、帰ろうとしたときにメールを見て会いたくなったから来たと話せば、一也は「ずるい」と拗ねたように唇を尖らせた。

「悪かったって」

笑いながらぽんぽんと頭を撫でれば、彼は少し頬を赤くして視線を逸らした。それが照れ隠しだと分かっているから、また思わずかわいいと呟いてしまう。それに抗議しようとした一也の口を自分のそれで塞いで遮った。

「っんん」
「は、……一也」
「ちょ、待て! 音羽、」

唇を離して、もう一度口づけようとすれば、ストップをかけられて。その気になっていたのに手で口を塞がれてしまってがっかりする。以前の準備室での光景と逆だ。

「まじで心臓もたねぇ」
「じゃあはやく慣れて」

今はまだゆっくり、一也のペースに合わせることにするけれど。はやく慣れてもらわなければ、今度はこちらの理性がもたない。一也の手首を掴んで口元から退けさせ、彼の額に軽く口づければ、また顔を赤くして。それを見て、本当に理性を保てるのか不安になってしまったのだった。


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