自覚と無自覚と本音



──珍しい。

ちらりと隣に視線をやって、彼を盗み見る。いつもならここでだいたい目が合って、こちらがふっと目元を緩めて笑えば向こうは頬を赤くするのだけれど、今日はそれがなくて。少し前に隣の席になった彼──一也は、頬杖をついて目を閉じている。意外と授業を真面目に聞く彼が眠っていることなんてほとんどなかったから、俺は今貴重な寝顔を見ていることになる。普段は一也がじっと俺の方を見てくるし、席替え後すぐに「授業中音羽を見られる」という宣言のようなものをされていたのだ。

***

2〜3ヶ月に一度の席替え。日にちは担任による気まぐれだけれど、だいたいそのくらいの頻度で行われている。今日はLHRがあるから、その時間に席替えをするのではないかとクラス内で囁かれていた。
そしてLHRの時間。チャイムが鳴ると同時に入ってきた担任は、皆の予想通り席替えすると告げた。俺としては特にここがいいなんていうこだわりはないから何でもいいのだけれど、皆は前の方の席は嫌だとか窓際がいいだとか口々に好きなことを話している。前の方の席が嫌だという気持ちは分からないでもないけれど。
順番にくじを引いていき、その番号と黒板に書かれた席の番号とを照らし合わせて自分の席を確認していく。俺もくじを引いて番号を見れば、窓際の一番後ろの席だった。皆から羨ましがられる席だな、なんて思いながら残りのクラスメイトがくじを引くのを待つ。それぞれの反応が面白くて退屈せずに待っていられた。

*

「あれ? 音羽じゃん」
「一也が隣?」
「よォ」
「洋一?」

席を移動してみれば、隣の席にいたのは一也だった。驚いていると、俺の前の席に洋一。すごい偶然だ。どの席でもいいと思っていたけれど、この席は今までもこれから先ももうないくらい最高の席かもしれない。

「やった、音羽が隣だったら授業中見放題だな」
「いや、授業中は授業に集中しろよ」
「授業は聞くけどこんな機会めったにないんだから見るだろ」
「当たり前のように言うんじゃねぇっての」

***

こんな感じで、一也が授業中俺の方に視線を寄越すのが常になっていて、それに徐々に慣れ始めている俺がいた。だから、今日はその熱い視線がないのが少し寂しかったのだけれど。これはこれでアリだななんて一也を見つめていると。
頬杖をついていた手から一也の顔が外れてがくんっと彼の頭が揺れた。彼は驚いたようにはっとして頭を上げる。その一連の流れが可笑しくて、授業中にも拘わらず思わず吹き出してくつくつと笑ってしまった。

「御幸と音羽。あとで職員室に来るように」
「……はい」
「すみませーん。……ふ、ふふ、」

クラスメイトからは好奇の目を向けられ、前の席の洋一からは何くだらねぇことやってんだという呆れた視線をもらってしまう。先生に謝りながらまだ笑っている俺に、一也は若干頬を赤くしながら拗ねたようにこちらを見ていた。

***

「あー、一也のあのびっくりした顔、洋一にも見せてやりたかった」
「最悪……倉持に見られるならまだしも音羽に見られるとか」
「え、何で? 席替えで隣になったときは喜んでたのに」
「好きな奴にあんなところ見られたくねぇだろ」

授業が終わって職員室へ向かう途中。今思い出しても笑ってしまう。めったにあんな気の抜けたところを見せない一也が本当に珍しい。それを見られたのが一也にとっては嫌だったらしいけれど、俺はそういうところを見せてくれたのが単純に嬉しかったのだ。

「一也はどんなことしてても格好いいしかわいいから大丈夫だって」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。俺にはそう見える」
「へぇ?」

にやりとする一也にどうしたのかと尋ねれば、今度は嬉しそうに笑った。

「音羽も大概俺のこと好きだなって思って」
「え、」
「どう? もう脈ありだったりする?」

覗き込んでくる一也の無防備さが恨めしい。自分で脈ありかどうか聞いておいて、俺が肯定したらどうするのだろうか。手を引いて、腕の中に閉じ込めて、唇に触れたら、どんな反応をするだろうか。

──見たい。

思ったときには手が勝手に動いていた。一也の手をとってするりと指を絡める。所謂恋人繋ぎというやつだ。彼が驚いたように目を丸くする。じわり、じわりと距離を詰めていけば、一也の頬もだんだん赤く染まっていく。顔を近づけながら、指もしっかりと絡めて。鼻が触れるくらいの距離になったとき、顔を真っ赤にした一也が「音羽、」と俺を呼ぶ。彼に呼ばれて漸く我に返った俺は、それを顔には出さずにふっと笑って。そのままコツンと額を合わせた。

「一也、顔真っ赤。かわいい」

至近距離で視線を絡み合わせれば、彼はさらに赤くなって勢いよく後ずさる。恋人繋ぎをしていた手が離れて、少し勿体ない気がした。

「っ〜! 誰のせいだよ!」
「んー、俺?」
「お前以外に誰がいんの」
「一也にこんな顔させられるの、俺しかいねぇもんな?」
「そうだけど!?」

最後の言い方はもうほとんどヤケクソらしかった。けれど、肯定してもらえたのが嬉しくて。にやけそうになる口元をなんとか抑えて、職員室へ足を向ける。拗ねているのか照れているのか、おそらくその両方だと思うけれど、俺と距離をとって歩く一也。その行動すらかわいいと思えてしまって。これはもう認めざるを得ないかもしれない。そんなかわいい彼をからかいながら職員室へ向かった。
その後、先ほどの授業担当の先生から罰として追加課題を出され、洋一を巻き込んで3人で課題を終えたのはまた別のお話。


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