今はまだ、このままで



「音羽、今日風邪で休むって」
「珍しいな」

朝練を終えて教室へ向かう途中、御幸が携帯を見て言った。御幸の方にはメールが届いていたのだろう。俺もスマホを見たけれど、メッセージは入っていなかった。いつもなら律儀に両方に連絡を入れてくるのだけれど。まあいいかと思って鞄へしまおうとしたとき、スマホが震えて通知を知らせた。

「……あー、悪ィ。ちょっと忘れ物したから取りに戻るわ。先行っててくれ」
「今から行ったら遅れるんじゃねぇの? 昼休みに行けば?」
「1限には間に合うだろ」

行ってくる、と言って反対方向へ駆け出す。階段の前まで来て、御幸が見ていないことを確認してから屋上へ向かった。

***

「風邪で休むんじゃなかったのかよ」
「悪ぃな、来てもらって。洋一と2人になれる確証がなかったから」

一也と顔合わせづらいし、と付け加える音羽は、俺たち以外誰もいない屋上でぼんやりと景色を眺めていた。

「SHR遅れるよな、悪ぃ」
「いや、別に。とりあえず1限には戻るって御幸に言ってきた」
「怪しまれなかった?」
「忘れ物取りに行くっつったから大丈夫だろ」
「さすが」

学校と御幸には風邪で休むと連絡を入れたらしい音羽は、俺には別のメッセージを送ってきていた。"屋上にいるんだけど来られる?"だけ。要領を得ないそれだけれど、俺の予想が当たっていれば"一也のことで相談がある"という読み替えでいいはず。そう思って屋上へ来た。

「御幸のことか」
「理解がはやくて助かる」

ビンゴだったらしい。どうした、と話すように促せば、予想だにしない質問をされてしまった。

「恋ってなんだと思う?」
「は?」

何を言っているのか分からなくて固まってしまったけれど、頭の中で彼の言葉を反芻して、もう一度「は?」と返す。
そんなもの、今まで野球のことしか考えてこなかった俺が知るわけねぇだろ。それに、音羽は今まで恋人がいたのだ。何故そんな奴に恋とは何かと聞かれなければならないのか。俺よりお前の方がよく知っているはずだろうと呆れ返った。

「今まで、いいなとか好きだなって思う子と付き合ってきたつもりなんだけど、あれって恋だったのかって思い始めて」
「……おう」
「御幸から好きなところ言われて恥ずかしくなったり、あいつが沢村くんと仲良さそうに話してるの見たらもやもやしたりして……こういうの、初めてなんだ」
「……」
「キスされそうになったときも、受け入れたいって思ったんだよな」

いろいろカミングアウトされてちょっと頭が追いつかない。何があったのか、ゆっくりでいいからきちんと話してくれと言えば、長くなるけどいいのかと尋ねられてしまった。1限までに戻るのは無理だなと思って、御幸に適当な理由をつけてメールを送っておく。これで聞く態勢は整った。どんと来い、と言えば頼もしいと言いながら笑われた。

***

「で、その気持ちに名前をつけられなくて困ってる」

正直キャパオーバーだった。昨日の準備室でそんなことがあったとは。戻ってくるのが妙に遅いとは思っていたけれど、そりゃあ遅くなるわなと心の中で呟きながら現実逃避し始めそうになった。それくらい、いろいろ聞かされた俺は軽くパニックだ。ただ、目の前の大切な友人の悩みには、キャパオーバーになりながらも真剣に答えたくて。

「お前は結局御幸とどうなりてェんだ」
「どう、って」
「じゃあ、御幸のことどう思ってる」
「仲の良い友達」
「それはあいつに告白される前だろ。今はどう思ってんだ」

問えば、音羽の顔には困惑の色が浮かぶ。暫く迷うような表情を見せて、ぽつりぽつりと話し始めた。

「一也のことは、好きなんだ。でもそれがどういう好きなのか分からねぇ。悲しい表情を見たくないからあいつの想いに応えたいって思ってるだけかもしれない」

難しい顔をしたまま呟いて。元々友人としてしか見ていなかったから、それが恋愛にきちんと変わっているのか不安なのだろう。同情で付き合いたいわけではない、そんなことをすれば相手に失礼だと思っているらしい音羽は本当に律儀というか、真面目だ。音羽は難しく考えすぎなのだ。俺がしてやれることは特に何もないけれど、とりあえず最初に投げられた質問には答えてやることにする。

「恋って何かっつったな。……相手のことで頭がいっぱいになったり振り向いてほしいと思ったりするのが恋っつーもんじゃねぇのか」

俺は知らないけれど、音羽に恋をしている御幸を見て思ったことだ。野球ばかりだったあいつの頭の中に音羽が入ってきて。口を開けば野球のことか音羽のことしか話さない。「どうやったら意識してくれると思う?」やら「これはやりすぎ?」やら。思わず知るかと言いたくなるくらい──実際言っているのだけれど──砂を吐きそうなほど甘い疑問ばかり投げかけてくるのだ。

「今までの彼女だった奴らへの気持ちが恋だったのかそうじゃねぇのかは分からねぇけど……今まで御幸のアピールを躱してきたお前があいつを受け入れたいと思ったなら、それが答えだと俺は思うぜ」
「……そう、だな」

まだ少し自分の気持ちを信じきれていないというところだろう。まあ、すぐには難しいだろうというのはなんとなく分かっていたけれど。

「ま、とりあえずもう少し待たせときゃいいんじゃねぇの。お前の気持ちの整理がつくまでな」
「……うん」
「御幸は諦め悪ィからあと10年くらい待たせても大丈夫だろ」

にやりと笑いながら言えば、音羽もくすくすと笑いながら「そうだな」と言う。その表情は、少しだけすっきりしたように見えた。もう大丈夫だろう。あとは本人たち次第だ。


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