俺たちの適正距離



授業終わりに先生から頼まれて準備室へ地図と地球儀を持って行こうとしたところを、一也が手伝ってくれて。2人で話しているときにずっと気になっていたことを聞けば、「格好いいから?」と疑問系で返ってきた。笑いながらツッコミを入れれば、好きなところならいっぱいあると息をする時間も惜しいというくらいにつらつらと挙げていく一也。聞いているうちに、そんなところまで見られているのかと思いながら恥ずかしくなってしまう。今までは付き合っていた彼女に「音羽くんのそういうところ好きだな」と言われても笑って「ありがとう」と言えていたのだけれど、今は何故かそれが出来なくて。細かく好きなところを挙げられているだけでも恥ずかしいのだけれど、一也の顔から、声から、何なら全身から好きという気持ちが伝わってきてどんどん恥ずかしくなって、思わず遮ってしまった。

「そういう顔もかわいくて好き」

遠慮なくアピールしていくという言葉のとおり、隠すことなく好きだと伝えられて悪い気はしていなかった。むしろ彼からの好意は嬉しかったのだ。こちらも友人として好いているわけだし。
そう思っていたけれど、最近一也といると心臓が変な風に音を立てることがある。ふとしたときにどきりと跳ねたり、彼が嬉しそうに笑ったときにきゅんと胸が鳴ったり。今までこんなことはなかったからこの感じが何なのかずっと疑問のままなのだ。

少し歩いて、準備室に着いて地図と地球儀をそれぞれ元の場所へ戻し、彼に礼を伝える。

「ありがとう、一也。助かった」
「お礼はキスでいいぜ」
「今日は一段と積極的だな」
「チャンスは逃さない主義なんで」

一也がにやりと笑う。逃げようと思えば逃げられる距離だし、おそらく俺が嫌がれば彼は止まってくれるはずだ。けれど、何故かそれが出来ない。壁に追い詰められて、いつもなら「そんなに俺とキスしたいの」と冗談めかして聞けるのに、言葉が出ない。かろうじて名前を呼ぶけれど、そのあとには言葉も続かないし、行動にも移せなくて。

「蒼真」

名前を呼ばれた。求めるように、まるで愛していると言うように。一也の想いがその一言にのせられていて。応えたい、と思ってしまった。彼に求められるのなら、このまま近づいてくる唇を受け入れたい。
あと数センチで触れる。触れてしまう。
それを頭で理解したとき、はっとした。気持ちには応えられないと言ってしまっている以上、今の関係のままでは彼を受け入れてはいけないのだ。彼の口元を手で押さえるのと同時に予鈴が鳴る。一気に現実に引き戻されて、小さく息を吐く。それは、一也との関係を変えずに済んだことへの安堵だった。友人でいることを選んだにも拘わらず、覚悟のないまま受け入れてしまってはいけない。それは、こんなに想ってくれている一也に失礼だ。

「いけると思ったのに」

むっとして言う一也に、謝ることしか出来なかった。その謝罪は、彼の気持ちを踏みにじろうとしたことに対してのものも含まれている。
それにしてもこの気持ちは何なのだろうか。こんな風に余裕を崩されたり、相手の気持ちに対して失礼だと思ったりしたことは初めてで。誰かの想いに応えたいと思ったこともなかったのに。この気持ちの正体は何なのか、1つ、これかもしれないというものはある。けれど、それはまだどうしても確信には変わらなかった。
悩んでいるのを悟ったらしい一也が、どうかしたのかと尋ねてくる。性格が悪いくせにこういうところはきちんと心配してくれる辺り、結局は優しいのだ。何でもないと返せば、何か言いたそうにしたけれど深く探ってくることはなかった。その代わりに、

「はやく行こうぜ。……キスはそのうちさせてもらうし?」

にやりと笑って言う一也に、驚いてしまった。けれど、変わらずその想いをぶつけてくれる真っ直ぐさが、一也らしくて。嬉しくなって、思わず表情が緩んでしまう。どこまでも真っ直ぐな彼が、今日は一段と輝いて見えた。


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