俺たちの適正距離



「日直は……音羽か。この2つ、準備室に頼むな」

授業終わりに先生から言われた音羽は「はーい」と緩い返事をした。休み時間に入ってから持って行こうとする彼に、手伝うと声をかけて地球儀を持つ。案外重いんだなと驚いた。音羽は大きめの地図を持って、2人で準備室へ向かう。

「一也ってさ、何で俺のこと好きなの?」

突然投げかけられた質問にきょとんとしてしまって。何故いきなりそんなことをと思ったものの、音羽の瞳が真剣そのものだったから真面目に答えようとしたのだけれど。

「格好いいから?」
「疑問系かよ」

ふは、と笑われる。疑問系になってしまったのは、一言ではなかなか言い表すことができなかったからで。
イケメンで、優しくて、何かあればいつも守ってくれて。一緒にいて楽しいうえに、気を遣わずに接することのできる貴重な人なのだ。ずっといい友人だと思ってきたけれど、気づけば彼を目で追っていた。気づいたきっかけはサッカーボールから守ってくれたあのときだったと思う。けれどそれより前から、野球でいっぱいだった俺の頭の中に、いつの間にか彼が入り込んでいて。ふとしたときに音羽のことを考えてしまっているのだ。人気者の彼はよくいろんな人から声をかけられているけれど、他の奴らと楽しそうに話している姿を見ると心がもやもやするし、なんなら間に割って入りたくなるくらいだ。これが嫉妬だというのは最近気づいたのだけれど。

「気づいたら好きだったとしか言えねぇし。好きなところならいっぱいあるから言えるけど」

そう言って、廊下を歩く間つらつらと彼の好きなところを挙げていく。彼は黙って聞いていたけれど、準備室に着くより前に俺の言葉を遮った。

「もう十分伝わったから」
「照れてる?」
「面と向かって言われると、さすがに恥ずかしい」

地図を抱えているのと反対の手で顔を覆うけれど、彼を見れば耳が少し赤い。照れている姿を見て、きゅっと胸が甘く締め付けられた。

「そういう顔もかわいくて好き」
「わ、かったって……」

もう勘弁して、と言う音羽。これ以上言ってしまうと叱られかねないからやめておくけれど、いつも冷静な彼にしては珍しい反応だ。少しは意識してくれているのだろうか。
準備室に着いて、扉を開ける。中には授業で使う教材がたくさん置かれていた。持ってきた地球儀と地図はどこに置くのかと見て回る。案外すぐに見当がついてそこへ地球儀を置けば、音羽も地図を元の場所へ戻しているところだった。

「ありがとう、一也。助かった」
「お礼はキスでいいぜ」
「今日は一段と積極的だな」

苦笑しながら躱そうとされるけれど、2人きりになれる機会なんてほとんどないのだ。遠慮しないと宣言している俺にとってはまたとないチャンス。彼だって、2人きりになることが分かっていながら俺が手伝うのを受け入れたのだからお互い様だ。

「チャンスは逃さない主義なんで」
「っ、かずや」

一歩、また一歩と近づいて、壁際に追い詰めていく。普段はクールな彼が、ごくりと生唾を飲んで顔を引きつらせた。嫌悪の色はないけれど、瞳には困惑が浮かんでいる。

「蒼真」

名前を呼べば、驚いたように一瞬目を見開いた。名前で呼びたいと数日前に話していたものの、結局気恥ずかしくて名字呼びのままだったのだ。倉持も名字の方が呼び慣れているからと今まで通りに呼んでいる。数日前に呼んだときには、ふわりと微笑まれてこちらが照れてしまったけれど、今は音羽にその余裕はないらしい。抵抗されないのをいいことに、距離を詰めて顔を近づける。もう少し、あと数センチで彼の唇に触れる、そう思ったとき。

キーンコーンカーンコーン

予鈴が鳴るのと、音羽が俺の口を塞ぐのとが同時だった。動きを止めた俺を見て、彼は安堵したように小さく息を吐く。抵抗されないと思っていた俺は、音羽から離れむっとして唇を尖らせた。

「いけると思ったのに」
「いや……悪ぃ、」

複雑そうな表情で考え込む音羽。覗き込んでどうかしたのかと問えば、何でもないと返ってくるけれどそのわりに思い悩んでいるらしい。

「はやく行こうぜ。……キスはそのうちさせてもらうし?」

にやりと笑って言えば、面食らったように目を丸くしたあと、俺を見てふと目元を緩めた。その表情が、今まで隣で見てきたどの表情よりも優しくて。またこちらがどきどきさせられてしまったのだった。


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