でもきっとハッピーエンド



世間話をするようにごく自然に、「音羽に告ってフラれた」と報告されて1週間が経とうとしている。報告を受けたときは驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。
想いを伝えるのはまあいい。音羽が御幸にそういった感情を抱いていないのも分かっていたから驚かない。驚かされたのは、御幸のあっけらかんとした態度だった。音羽が元カノと話していたときでさえあんなにうじうじしていたのに、何故フラれたらこんなにさっぱりしているのだろうかと疑問しか湧いてこなかった。
けれど、翌日教室へ行って、音羽に対する御幸を見てひどく納得したのだ。気持ちが振り切れたのだろう。最近は、以前距離が近いなと思っていたときよりさらに呆れるほど近かった。

「音羽、一口ちょうだい」

いつも通り食堂で昼飯を食っていると、御幸がそう言って口を開く。音羽がこれをするのは今までよくあったことで、もう慣れきってしまっていたのだけれど、御幸が言うのは初めてで。音羽も驚いたように一瞬固まったあと、御幸の口に白身魚のフライを放り込んでいる。音羽も嫌がっている様子は微塵もないから、とりあえず何も言わずに見守っておくかと黙って白米を口に運んだ。

「一也がねだるなんて珍しいな」
「いつも一口やってんだからたまにはいいだろ」
「まぁ、そうだな。旨い?」
「音羽に食べさせてもらったから特別旨い」
「人たらしかよ」

会話が恋人同士のそれじゃねぇかと思うものの、自分の目の前にいるのはフッた相手とフラれた相手。何とも言えない微妙すぎる関係の2人。突っ込んだら負けだと思いながら、心を無にして見守っていた。

***

「仲良いのに不思議だよね」
「何が?」
「ずっと名字呼びじゃん」

食堂から教室へ戻っていつものように話していると、突然クラスの女子にそんなことを言われ、きょとんとして音羽と顔を見合わせた。因みに御幸は片岡監督に呼ばれて職員室へ行っている。彼女らの言葉を聞いて、確かにそういえばずっと名字呼びだななんて思って。野球部の仲間だってわりと名字呼びだから違和感がなかったのだ。

「私らは仲良くなったら名前で呼ぶみたいなことが多いから、あんたたちの関係ってちょっと珍しいなって思っただけなんだけどね」

それだけ言って自分たちの机の方へ戻っていったけれど、残された俺たちはなるほどと考え込んでしまう。音羽は俺のことも御幸のことも名前で呼んでいるけれど、俺たちは2人とも名字呼びだ。こだわりはないから名前で呼んでもいいのだけれど。

「音羽はどっちがいいとかあんのか」
「いや、特にこだわってねぇし呼びたいように呼んでくれればそれで。呼び方が仲の良さに比例するわけでもないだろ」
「確かに」

説得力があるなと思いながらもなんとなく気になってしまって。名前なぁ、と思いながら呼んでみる。

「蒼真」
「なんか新鮮」
「違和感すげぇな。……あ、やべ」
「どうした、洋一?」

頬を引きつらせた俺を見て、音羽が不思議そうに首を傾げる。あれ、と言って指を指した先には御幸が立っていた。おそらく……いや、確実に今のは聞こえていただろう。表情がそれを物語っていた。

「何で名前呼び?」

むすっとした表情のまま聞いてくるから、先ほど女子に言われたことを話そうとしたのだけれど。

「なに、一也。ヤキモチ?」

俺が言葉を発するより先に、からかうように音羽が御幸に尋ねる。拗ねた表情はそのまま「そうだけど悪い?」と御幸が言えば、音羽は笑いながら御幸の頭をわしゃわしゃと撫で回していた。

「かわいいとこあるよな、一也も」
「ちょっ、やめ、」

犬にするようなそれだけれど、彼の手つきは優しくて。御幸に想われるのも満更ではないのかもしれない。一頻り撫で回した音羽が満足するころには御幸も拗ねてはいなかったのだけれど、一応女子からの言葉を説明しておいた。それで名前呼び、と納得したらしい御幸は、音羽を見つめて。

「俺だって呼びたいし」
「俺は別にどっちで呼んでくれてもかまわねぇけど」
「……蒼真」
「なーに、一也」

ふ、と目元を緩めて微笑む音羽。絶対に顔がいいのを分かってやっている。実際、御幸もその表情を見て顔を赤くしたあと、手で顔を覆っていた。

「顔がいい……」
「かわいい〜」

御幸の反応を見て音羽が笑えば、また顔を赤くする。仲が良いのは結構なことだが、とりあえず2人に言いたい。

──俺を当て馬にすんじゃねぇ。


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