一歩を踏み出す勇気



少しずつ、本当に少しずつ。彼からのスキンシップが減って、物理的な距離が遠くなっている。周りから見ても全く分からない範囲だ。ずっと彼の隣にいて、好きになってからもずっと見ているからこそ気づいたこと。距離の近すぎる友人から、"普通の友人"になっただけ。他の奴らから見れば普通であるそれが、俺にとってはひどく悲しかった。意識されていないことは辛いけれど、それよりも距離が近くても許される"特別な友人"でいられなくなることの方が辛かった。
俺に対する態度は全く変わらないから、嫌われたわけではないはず。おそらく俺の気持ちに気づいてのことだろう。嫌がられている様子もないから、彼なりに俺を気遣ってのことだと分かっている。だからこそ俺も辛い気持ちを隠し、変わらない態度で接することを選んで"普通の友人"でいるのだ。

「音羽……?」

忘れ物をして午後練の前に教室へ戻ってくれば、今まで俺の頭の中を占めていた音羽がいて。誰もいないと思っていたから驚いたけれど、呼んでみれば彼もこちらを向いて同じように目を丸くした。

「一也?」

どうかしたのかと聞かれて忘れ物をしたと言えば、納得したように頷く音羽。

「なんか格好いいな」

彼の言葉は練習着を指していて。着替えてから忘れ物に気づいたから、もう一度制服に着替えるのも面倒くさくてそのまま来てしまったのだ。

「なにそれ」
「いや。野球してる一也、格好いいし」
「マジ?」
「大マジ」
「なに、脈ありな感じ?」

笑いながら言えば「何だよ、それ」と彼も笑いながら返してくる。普段ならここでこの話題は終わらせるはずだった。けれど、もう今しかない気がして。"普通の友人"でいるから伝えてはいけないなんてことはないのだ。音羽を困らせるかもしれない。それでも、伝えておきたかった。

「俺、音羽のこと好きなんだけど」
「……」
「恋愛対象として」
「……うん」

彼は机に腰かけたまま聞いていて。俺が伝えれば、小さく穏やかに返事をした。少し間を置いて、彼が口を開く。口から紡がれる言葉は、もう分かっていた。

「ごめんな。一也の気持ちには応えられない」
「知ってる」

そう言えば、音羽が驚いたような顔をしたから、思わず笑ってしまった。

「え、もしかして気づいてた?」
「音羽がスキンシップ避けてたこと? ずっと一緒にいんだから気づかないわけねーじゃん。お前が俺の気持ち知ってることも薄々気づいてたし」
「うわ……まじか。悪ぃ」
「お前なりに気遣ってくれてんのは分かってるからいいよ。でも、これからは今まで通りがいい」
「うん」

気まずそうに目を逸らした彼に今まで通りスキンシップはしてくれていいと言えば、ほっとしたように返事をしていて。だいぶ気を遣われていたらしい。だから、全然気にするなと言うように敢えて強気な発言をする。

「これからは遠慮なくアピールしてくし」
「諦めて友達に戻るんじゃなくてそっちなのか」
「俺、諦め悪いから。絶対振り向かせてやる」

本当に振り向かせられるかは分からないけれど、諦めるつもりはもうない。にやりと笑って言えば、同じように笑って「楽しみにしてる」と返された。


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