紫陽花色の金平糖




2年前。あの日は、部活の自主練を遅くまでやっていて。帰る頃にはいつもの通学路は暗くて、心許なくぽつりぽつりと電灯があるだけだった。急いで帰ろうと近道をしたのがいけなかったのだ。家へ帰る途中に廃れてしまった小さな神社があって、そこを通り抜ければ5分程の短縮になる。暗いし、はやく帰らなければと思って神社に足を踏み入れた瞬間。

「え、」

進もうとした先に、何かがいる。本の世界でしか見たことのないような、異形のもの。化け物というのがしっくり来るような、そんなものがいて。このままではまずいということだけは分かって、引き返そうと後退ったのだけれど。後ろを振り返れば、鳥居のところに同じ化け物が2体。

「っ!?」

そこを通らなければ元来た道には戻れない。何を言っているのかは分からないけれど、何か言葉を発しながら近づいてくる3体の化け物。震える足を叱咤して逃げる。この神社を通り抜けさえすれば何とかなるかもしれない。人通りの少ない時間帯。助けは望めないけれど、それでも。今できる全力を出し切って走っていたのだけれど。無情にも、足の速い化け物たちに追いつかれて囲まれてしまって。

──やだ、怖い……誰か、

助けは来ないと分かっていながらも、「助けて」と声に出す。腹から出そうとした声は、恐怖からかほとんど音にならずか細く消えていった。先程まで叱咤して動かしていた足は、震えてしまって立てなくなって。へたりとその場に崩れて、座り込む。殺される、そう思ったとき。

「"潰れろ"」

声が響いて、私を取り囲んでいた3体の化け物が潰れて消えた。驚いて固まっていたけれど、はっとして声の方へ視線をやれば。
学生服を着た男の子が立っていて、こちらへ駆け寄ってくる。安心感からか堪えていた涙がぼろぼろと溢れた。

「!?」

男の子は驚いたように肩を跳ねさせて慌てている。助けに来てくれたのに、突然泣かれて。彼には悪いことをしてしまっているとは思ったけれど、それでも涙を止めることはできなくて。子どもみたいに泣きじゃくる私に、男の子はずっと背中を擦ってくれていた。
暫くして少し落ち着いたから口を開く。それでも油断すれば涙がじわりじわりと幕を張って流れてしまいそうだった。

「ごめん、なさい。……ありがとう、ございました」
「しゃけ」
「しゃけ……?」
「高菜?」
「たかな?」

彼の話す言葉にきょとんとしてしまう。言っていることが分からなくてそのまま繰り返せば、彼はスマホに文字を打ち込んで見せてくれた。

『大丈夫?』

高菜、は大丈夫かと聞いてくれていたのだろうか。不思議な人だなと思いながら「大丈夫です」と答える。私が答えたのを聞いた彼は、ふと目元を緩めた。口元は服に隠れていて見えないけれど、長い睫毛に縁取られた大きめの目が印象的だ。加えて綺麗な紫色の瞳。よく見ると物凄い美人だった。
その美人さんがポケットから何かを取り出して差し出してくる。見ると、テトラパックに入った金平糖だった。小さい頃、両親と見に行った紫陽花の色と似ていて。ふと、彼の瞳の色とも似ているななんて思う。

『どうぞ』
「……、いいんですか?」
「しゃけ」

頷きながら言ったから、しゃけは肯定だろうか。彼の手からテトラパックを受け取って、お礼を言ってから思わず「綺麗」と呟く。彼の瞳の色をした金平糖を見ているときには、もう化け物に襲われた恐怖は消えていた。

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