春を待たせているんだ




「名字?」

日直の仕事でごみを捨てに行く途中、校舎裏の目立たないところで後輩を見つけた。後輩といっても野球部のではなく、野球部の後輩である沢村のクラスメイトだ。沢村が俺に絡みに来る度にクラスへ連れ戻していたのがこの名字名前である。そこから少しずつ話すようになり、今ではわりと仲のいい先輩後輩の関係を築いている、はずだ。俺は彼への想いを隠すのに必死だけれど。

「お、御幸先輩。何してんの」
「いや、それこっちの台詞」

ごみを捨てに行く途中だと言えば、お疲れ様と返される。後輩といっても彼は俺に対してほぼタメ口だから、なんとなく同級生のような感覚だ。
彼は俺の質問には笑って誤魔化して。気になって名字の上から下まで視線を巡らせる。ふと、彼の手に目が止まった。

「何それ」
「何が?」
「手に持ってるやつ」
「あー……」

彼が持っているのは薄いピンクに可愛らしい模様が描かれた封筒。それが何か分からないほど俺も鈍感ではない。けれど、あまり目にしたくはないものだった。持っているのが名字でなければ何も思わなかったのだろうけれど。

「さっき渡されたんだよね。返事は今度でいいって言われたんだけど」

誰からか尋ねれば、彼の口から出たのは校内で有名な女子生徒の名前だった。顔よし、性格よし、勉強もスポーツもできるけれど少し天然なところがあってかわいいと評判の女子だ。そんな奴までこいつのことが好きなのかと焦ってしまう。返事はどうするのだろうか。断ってほしい、付き合ってほしくないと思うけれど、そんなことを言える資格は俺にはなくて。

「返事どうすんの」
「断るよ。好きでもない人と付き合うなんて不誠実なことできないし」
「名字って意外とちゃんとしてるよな」
「意外とって失礼だな」

断ると聞いて安心してしまった。安心する資格なんてないのに最低だなと自嘲したけれど、彼にバレないように軽口をたたく。むっとした表情を見せたあと、けらけらと笑う彼にもきゅうっと胸が甘く締めつけられるのだから本当に困ったものだ。

「おーい、名前ーー! どこだーー!」

突然バカでかい声が聞こえて、2人で目を丸くする。聞きなれたその声に、顔を見合わせて。もう少し一緒にいたかった俺は小さく溜め息をつくけれど、彼はくすくすと笑っている。

「栄純が呼んでるから行くね。話し込んじゃってごめん」
「こっちこそ引き留めて悪かったな」

そう言って彼と別れようとしたのだけれど。

「あ、御幸先輩。悪いけどこれ捨てさせて」

俺が持っているごみ袋に、彼は先ほどから手に持っていたラブレターを入れる。それを入れたところでさほど重さが変わるわけでもないのに、何故かひどく重くなったように感じた。

「いいのかよ、これ」
「いいよ、どうせ断るし。それに」

ぽつりと呟くように言ったのが気になって名字を見れば、困ったように眉を下げていて。続く言葉に、俺は一瞬思考停止してしまった。

「こういうの、御幸先輩からじゃないと意味ないし。……じゃあね」
「名字!? 今のどういう、」
「ナイショ」

ひらり、と手を振る後輩に問えば、人差し指を口元に当てて笑みを作る。そんな姿も様になるな、なんて場違いなことを思っているうちに、彼は沢村のところへ行ってしまった。
今の言葉は、期待してしまってもいいのだろうか。彼の言葉1つにここまで振り回される。それが嫌ではないのが不思議だ。ふ、と口元に笑みがこぼれる。期待してしまっていいのか、なんて。先ほどの言葉を聞いて期待しない方がどうかしている。

「あー……やば、」

心の奥の方から嬉しさと期待が込み上げてきて、胸がきゅんと疼いて。手に持っているごみ袋の重さなんて気にならないくらい、彼への想いで頭の中がいっぱいになってしまった。


title by Ruca


あとがき
御幸くんと男主を絡ませるのが大好きです。御幸くんの、普通に女の子とつき合ってる姿が想像できないので、彼の夢小説は男主を量産してしまいそうです。


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