狗巻棘観察日記




◯月◯日
今日は午前中の座学でものすごく眠そうだった。今日も、が正しいかもしれない。でもいつもより眠そうだったからたぶん昨日遅くまで動画観てたんじゃないかと思う。午後の実習ではいつもどおりぴょんぴょん動いてた。1回転んでたから思わず笑ったらちょっと拗ねられた。

◯月×日
悪戯して真希に怒られてた。相変わらず悪ノリ大好きみたい。傍目から見てる分には面白いし可愛らしいと思わなくもない。

◯月△日
休み時間パンダに抱きついてた。アニマルセラピーらしい。私も一緒に抱きついてみたけど、玉犬の方が癒やされる気がした。そう言ったら目を輝かせて恵のところへ走って行った。あとで恵に「狗巻先輩が玉犬出せってうるさいんですけど。あんた何吹き込んだんですか」って責められた。解せない。

ノートに書き終えてパタンとそれを閉じて。毎日、日常だったり非日常だったりを書き込む。その内容は、同級生の狗巻棘が関わっていることに限定されているけれど。
そもそもなぜこんな日記をつけ始めたのかというと、出会って間もない頃、棘のことが全く分からなかったからだった。その頃は語彙を絞っておにぎりの具で話す彼が心底不思議で、話している内容だって全く分からなかった。加えて口元が隠れているから表情も分かりにくいし、眠たげな目はさらに感情の起伏を他人に感じ取らせない。
真希は思ったことをそのままストレートにぶつけてくれるし、パンダはパンダだし。ついでに言えば、あとから転入してきた憂太はからかう中でなんとなく仲良くなった。そういうわけで、クラスメイトの中で唯一棘だけが全く謎の存在だった。そんなことを思いつつも、せっかく出会った仲間なのだからできれば仲良くしたいわけで。「でも分かんないんだよなぁ」とぼやいていると、パンダが「観察日記でもつけてみれば分かるんじゃないか」と言うから、それを真に受けたのだ。一応毎日観察するわけだから、本人の許可が必要かと思って「狗巻棘観察日記つけてもいい?」と尋ねれば、当の本人はきょとんとしたあとけらけらと笑いながら「しゃけ」と頷いた。怒られる覚悟で聞いた私は、たぶん鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたと思う。
因みに「いつか見せてね」とおにぎり語が理解できるようになってから言われた言葉には微妙な返事をして、一度も日記を見せたことはない。はじめの頃の内容はまあ見せられなくはないけれど、最近は棘の彼女が見たら激怒しそうな内容になっている。いや、彼女はいないらしいけれども。どうして棘に彼女がいないのか甚だ疑問だ。……話が逸れた。

△月□日
棘が丸一日任務だった。会えずじまい。「帰ってきたよ」というメッセージは来たけれど、会いにはいけない。行きたくても、そんな関係じゃないし、そんな勇気もない。

今日はそれこそ会えなかったという内容で。

「会いたいなぁ」

観察日記をつけ始めてからというもの、ずっと棘を目で追ってしまっていた。観察しなければならないから当然のことだと思っていたのだけれど、いつからか彼のことばかり見ていて。彼を知るたびにどんどん惹かれていく。意外とよく動く表情とか、優しくて仲間思いなところとか、花壇の花の水やりを欠かさないマメなところとか。もちろん悪戯好きなところも。好きだなぁと思うけれど、告白する勇気なんて持ち合わせていないから何も言えないままだ。
彼のことを考えながら溜め息を吐いたとき、ふとスマホが振動してメッセージの着信を知らせた。

"今から少し出てこられる?"

会いたいと思っていた人からのメッセージに心臓が大きく跳ねる。すぐにメッセージを返して、カーディガンを羽織って部屋を出た。

***

「すじこ」

寮の外へ出れば、棘がこちらに視線を向けた。制服じゃない姿にどきりと心臓が鳴って、これも観察日記につけておかなきゃなんて思う。

「どうしたの?」
「……いくら」

話したくて、というのはどういう意味だろうか。ただ単に誰かと話したかったのか、私と話したかったのか。後者だといいななんて思うけれど、それはおそらく私の都合のいい解釈でしかない。

「そっか。任務お疲れさま」
「高菜」

お礼を言われたあと、言葉は続かなかった。いつもならもっと任務であったこととか、今日はどんな悪戯をしたかとかを話してくれるのに。元気がなさそうには見えないから、任務で何かあったわけではないと思うのだけれど。話したいと言っていたけれど、特に話題はないのかもしれない。

「今日ね、棘に会えなかったから観察日記に書けることなくて。……でもこうやって話せたからよかった」
「……明太子、ツナ? いくら、こんぶ?」
「どんな風にって、」

観察日記、どう? 俺のこと、どんな風に見えてる?
じっと真っ直ぐ見つめてくる棘にたじろいでしまう。言葉がつっかえて出てこなかった。
何て言えばいいの。最初は仲良くできたらいいなって思って始めたけど、書いていくにつれてどんどん貴方に惹かれて好きになってしまいました、って?
そんなことを言っても困らせるだけだ。口を噤んで彼を見つめ返す。棘の雰囲気がいつもと少し違う気がした。熱を持った瞳に捕らえられて動けなくなる。

「名前」
「棘……?」

マスクを外した棘の唇が動く。音にならないそれは、本当にそう言ったのか、都合のいい幻か何かか、判断できずに混乱してしまう。

「え、と、」
「……」
「か、勘違いだったらごめん。今『すき』って言ったの?」

沈黙に耐えられずに尋ねてしまった。相変わらずじっと見つめてくる棘。やっぱり勘違いだよねと慌てて言おうと口を開いたとき。

「しゃけ」

頷く動作とともに肯定が返ってきた。

「本当に……?」
「しゃけ」

今まで観察してきたはずなのに気づかなかった。こちらの一方的な気持ちだと思い込んでいたからだろうか。それともきらきらしている棘に目が眩んで、彼が奥に秘めていた想いまで読み取れなかったからだろうか。……おそらくその両方だ。
今だって幸せな夢を見ているんじゃないかと思ってしまうけれど、きっと現実なのだ。彼の告白に対する答えなんて、1つしかなかった。

***

△月◯日
私に見せる棘の表情がすごく優しい気がする。気のせいかと思って真希に聞いたら「今更かよ」と呆れ顔で言われてしまった。「棘には名前専用の顔がある」らしい。もっといろんな表情を見てみたい。ずっとずっと、棘の隣で生きていきたい。

「ツナ?」
「きゃあ!?」

ひょっこりと私の後ろから日記を覗き込もうとした棘に思わず悲鳴をあげてしまった。勢いよくノートを閉じれば、彼は拗ねたみたいに眉を寄せる。仕方ないじゃないか。こんなの見られたら恥ずかしすぎる。

「高菜、明太子」
「む、無理だってば。恥ずかしすぎて絶対見せられない」

そろそろ見せてくれてもいいじゃん、と言われたけれど、見せられるわけがない。特に告白された日とか彼の表情が優しいと気づいた日なんかは、後から読み返して自分がいかに浮かれていたか一目で分かる内容だった。

「こんぶ」
「わっ!? 危なかった……」
「いくら!」
「ちょっと、待って、やめ……あっ!」
「しゃけー!」

体術の訓練のときみたいにぴょんぴょん跳ねながら私の隙をついて観察日記を奪い取った棘。訓練で彼に勝ったことなんてないから、彼が本気になれば取られるのなんて分かっていたのに。表紙を捲って読み始める棘から日記を奪い返そうとするけれど、身軽な彼を掴まえられるはずがなかった。

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