君が知らない春の話




「あれ?」

すれ違いざま聞こえた声。振り返ってみれば、見覚えのある奴が立っていた。

「やっぱり伏黒じゃん。よっすー! こんなとこで何してんのさ」
「名字……」

俺だと分かった瞬間バシバシと背中を叩いてくる。呪術高専に通い始めてからは会っていないのに、毎日会っていた中学時代と同じテンションで時の流れなんてなかったかのように話しかけてくるから、こいつは変わらないななんて呆れ顔になってしまった。

「お前こそ何してんだよ。……コスプレか、その格好?」

この辺りでは有名なお嬢様学校と云われている高校の制服を身に纏った名字。黙っていれば似合わなくもないけれど、ひとたび口を開いてしまえば似合わないにも程がある。そんなことを思っていると、彼女はむっと眉を寄せてこちらを見た。この表情も、中学のころから変わっていない。

「失礼な、ちゃんと生徒だっつの。デビューだよ、高校デビュー!」
「あ? あー……そういえばそんなこと言ってたか」
「ぶはっ、他人に興味なさすぎじゃん」

おおよそお嬢様学校に通っているとは思えない口調に、学校でちゃんとやっていけているのか心配になった。
中学時代、不良たちをボコっていた俺に、こいつは怖がることなく物凄くフレンドリーに話しかけてきた。それこそ今日会ったときのように。最初は鬱陶しいと思っていたのだけれど、自然に溶け込んできていつの間にか一緒にいるのが当たり前になっていたのだ。

「伏黒は元気に不良やってる? あ、違った、元ヤンか」
「喧嘩売ってんのか」
「あたしが喧嘩弱いの知ってんでしょ。さすがに元ヤンに喧嘩なんて売らないってば」

そういえば俺とつるんでいたことと元々のこいつの他人を煽りやすい性格が相俟って、喧嘩を売られていたこいつを助けたことが何度かあったっけ。性格は強気なくせに喧嘩は物凄く弱い。というか力が無さすぎるのだ。弱いんだから気をつけろよと苦言を呈したときには「だって伏黒が守ってくれるじゃん」とあっけらかんとして答えたから呆れてしまった。そのために俺に話しかけてきたのかと一瞬思ったけれど、そんな下心がないというのは一緒にいるうちに分かっていったことだった。

「あら、名字さん?」

そんなこともあったなと中学時代を思い出していると、名字を呼ぶ声が聞こえて。名字とほぼ同時に振り返れば、そこには彼女と同じ制服を着た明らかにどこぞの令嬢であろう女子が2人。

「ごきげんよう、名字さん」
「ごきげんよう」

小さく膝を折って挨拶をする2人に、現実にこんな挨拶をする奴がいるんだなと思った。何だか漫画の世界を見ているみたいだ。こいつ、こんな学校に通ってんのかとまた心配になってしまう。というか、それこそ今大丈夫なのかと彼女を視線だけで見れば。

「ごきげんよう。東宮さん、財前さん」

意外にも綺麗な所作で挨拶をしている。思わず「え」と声が漏れた。高校デビューとやらは成功したのかと頭の隅で考えてしまった。

「そちらの方は、お知り合いですの?」
「ええ、中学生の頃の友人です。伏黒恵さんと仰るのよ」
「まあ、ご学友でしたのね。伏黒様、ごきげんうるわしゅう」

今度は俺に向かって2人が膝を折る。どう反応していいか分からずたじろいでいると、名字とは思えないほど上品に笑って「緊張なさっているみたい」と言うから、彼女にしか聞こえない声で「うるせぇ」と呟いた。
それから何度か言葉を交わして、東宮と財前と呼ばれた2人と別れて。じとりと名字を睨みつける。

「なんだよ今の。気持ち悪ぃ」
「うるさいなー。フォローしたんだから感謝くらいしてよね! つーか伏黒、お嬢様2人に挨拶されて動揺しすぎっしょ。ウケんだけど!」

ぶはは、と先程の笑い方が嘘のように思い切り笑っている。こっちの方がこいつらしくていい。

「ああしないとあの学校では生きていけないんだよ。ま、あたしが選んだ道なんだけどね!」
「……」
「ときどき中学のときが恋しくなるなぁ。伏黒といるの楽だったし」
「そうかよ」
「しんどくなったら連絡すっから出てよね。伏黒もいつでも連絡ちょーだいね」

任務中は出られねぇぞと言えば、折り返せよと当たり前のように言われたから、自分勝手すぎると呆れてしまう。まあ、分かっていたことだけれど。

「じゃ、あたし帰んなきゃだから。またね!」

自分から話しかけてきて、好きなことだけ話して去っていく。お嬢様を演じていたこと以外はやはり何も変わっていないから、なぜか少しだけほっとした。演じていたのだって、あれで学校生活を何事もなく送れているのなら別にいいのだ。なんで俺がこんなに心配してやらなきゃいけねぇんだ、と頭をかきながら踵を返した途端。

「伏黒ー!」

そこらじゅうに響きわたるような大きな声で名前を呼ばれて、驚いて振り返る。周りの人からの注目を浴びているのに全く気にしていない名字は、そのままの大きな声で言葉を紡ぐ。

「久しぶりに会えて嬉しかった! 今度はデートしよーね!」

公衆の面前で彼女でもない女にデートに誘われた俺は、ぽかんとするしかなくて。そうしている間に、名字はブンブンと手を振って行ってしまった。ぽつりと取り残された俺は、周囲の視線を一身に浴びることになる。けれど、そんなことは気にならないほど先程の名字の言葉がぐるぐると頭を支配していた。
今までデートに誘ってきたことなんてなかったじゃないか。成り行きで2人で出掛けたこともあったけれど、そのときだってデートなんて言っていなかったのに。名字がどういうつもりなのかよく分からない。けれど、「伏黒といるの楽だったし」とか「デートしよーね」とか。

「クソ、何だよこれ」

思い返せば思い返すほど、どくどくと心臓が脈打つ。あの名字相手に癪でしかないけれど。また会いたい、そう思ってしまった。


title by Ruca


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