プリムラを君へ




「彼氏欲しい」

ぽつりと呟いた言葉は、誰にも反応されることなく空気に溶けていった。花壇の花に水やりをしている棘を見つめながら言ったのに、彼は私の言葉に全く反応を示さない。色恋沙汰に興味がないのか、私のそういった話に興味がないのか。どちらかは分からないけれど、彼だって立派な男子高専生。おそらく前者ではないだろう。
あー、私に興味がない感じね、なるほど。そう思ってなんだか悲しくなってきた。でも、ここで話題を変えるのはなんだか負けた気がして。何に、と聞かれれば分からないけれど。

「棘は恋人欲しくないの」
「……」
「え、無視?」
「高菜」

こちらに気だるげな視線を向けて、ノーコメントと呟いてからすぐに花に視線を移す。普段はよく話も聞いてくれるし、悪戯を思いついたらノってくれるのに。こういう話題は好きではないのだろうか。
確かに呪術師という特殊な職業柄(まだ学生ではあるけれど)、結婚はおろか恋人を作らない人の方が圧倒的に多い。けれど、私は死と隣り合わせのこういう仕事をしているからこそ残り少ないかもしれない人生を楽しみたいし、青春っぽいことだって恋愛だってしてみたい。一度しかない人生を思い切り謳歌したいのだ。
恋をしてみたいという願いは、呪術高専に入学してからすぐに叶った。けれど、彼氏が欲しいという願いは叶っていない。恋をしている相手が私に興味がないようでは彼氏なんて到底無理だ。

「何、ノーコメントって」
「高菜」
「じゃあ、棘は誰かに恋したことある?」
「……こんぶ?」
「質問に質問で返さないでよ。……まあでも、うん。私はあるよ。というか、現在進行形でしてる」

誰に、とは聞かれなかった。目を伏せて水やりを続けるから、私の質問にも答えてくれる気はないらしい。
その横顔を見つめて、綺麗だなと思う。長い睫毛に縁取られた紫の見つめる先には、彼が毎日世話をしたことで綺麗に咲いた花。

「……いいなぁ」

棘に毎日見つめられて、構ってもらえて。あの透き通った綺麗な紫と見つめ合うことができて。
そう思って花を見つめていると、視線を感じて。そちらを見れば、棘と視線がかち合った。彼が不思議そうな顔をしていたから、何だろうと思って見つめ返していたのだけれど。はっとして手で口を覆った。心の声が漏れていたらしい。やってしまった、と恥ずかしいやら血の気が引くやらでパニック状態の私のところへ棘が近づいてくる。

「明太子、明太子〜」

しゃがみ込んでいる私の周りにじょうろで水をやりながら周り始める棘。大きく一周しながら「大きくなぁれ」とおにぎり語で言葉をかけてくる。私には絶対に水がかからないようにしてくれる優しさがやっぱり好きだなぁと思ったのだけれど。

「バカにしてるでしょ」
「ふ……おかか」
「絶対バカにしてるじゃん!」

笑いを堪えている棘にジト目をすれば、堪えきれなかった笑い声が漏れた。くすくすと笑う棘は美人だけれど、花に嫉妬したのがバレてしまった恥ずかしさから彼を睨んでしまう。

「こんぶ」
「さっきの? 誰かに恋したことあるっていうやつ?」
「しゃけ」

そんな視線に構わず、私の前にしゃがみ込んで視線を合わせてくる棘。私の問いに頷いたから答えてくれるのかと彼を見つめる。聞きたいけれど聞きたくない、でもやっぱり聞きたい。心の中で葛藤しながら、棘が恋をしたことがあるのか気になってそわそわしてしまう。

「ツナ」
「え、何?」

ぴっと私を指差してくる棘。突然何だろうと首を傾げていると、おにぎり語で"恋、したことあるよ"と伝えられて。口まで覆っている制服のジッパーを降ろしたのを見て、本当に綺麗な顔してるななんてぼんやり思っていると。その綺麗な顔が近づいてきて、一瞬で唇を奪われてしまった。

「え……」

すぐに離れた棘は、口パクで"すき"と伝えてきて。悪戯を成功させたときのような笑顔を向けられた。驚きすぎて言葉も出てこないしじわじわと顔に熱が集まってきて、口を開けたまま彼を見つめることしかできない。

「しゃけ?」

そんな状態の私に、棘は上目遣いで確信を持ったまま尋ねてくる。あざとい。けれどそんなかわいすぎてあざといところも好きなのだ。返事なんて決まっている。決まっているけれど、でも。

「しゃ、しゃけ……」

羞恥心の方が勝って、顔を覆いながら彼の言葉を借りて返事をしたのだった。


title by Ruca


あとがき
棘くんに恋したいしされたーーい!!という願望を詰め込みました。こんな学生生活送ってみたかった……。
棘くんに口パクで好きとか言われたらその場で鼻血吹いて失神してしまいますね。


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