これが、恋?



気づいたのは伊織先生と出会ってから2ヶ月ほど経ってからだった。最初はただ単純に教え方が上手いとか授業が楽しいとか、そういう理由で古典の時間が楽しみになっているのだと思っていた。けれど、先生を見かけるだけで嬉しくなったり、目で追ってしまったり。目が合って笑ってくれるだけでその日1日何でも頑張れる気がしたり。逆に伊織先生と会えなかった日は気分が沈んで。そんなことが何日も続いたとき、倉持から呆れたように言われたのだ。

「口挟むつもりはなかったんだけどよ。お前それ無自覚?」
「何が?」

廊下で女子生徒に囲まれている伊織先生を見つめながら、倉持の質問に質問で返す。
ああ、面白くない。色目を使って言い寄って。意味のないボディータッチまでして。先生がそういうの好きじゃないんだろうなってことくらい、表情を見ていれば分かるはずなのに。あいつらはそんなことにも気づいていないのだろうか。先生が困り顔でいるのにも見ない振りをして。できることならあそこまで行って引き剥がしたいくらいだ。
苛々しながら見ていると、倉持が溜め息をこぼす。

「人の恋愛に首突っ込むつもりはねぇけど、表情に出過ぎ。もう少し抑えろよ」
「えっ」
「は?」

倉持の言葉に本気で驚いて彼を見れば、俺の反応に怪訝そうに眉間に皺を寄せる。

「これって恋愛感情だったの? 憧れとかじゃなくて?」
「は……?」

俺の言葉に、今度は倉持が驚いてぽかんと口を開けたまま固まってしまった。俺は俺で、伊織先生に恋心を抱いていたという衝撃の事実に頭が混乱している。けれど、なんだか恋愛感情という言葉がすとんと胸に落ちてきて、妙に納得してしまった。

「あー……なるほど。恋かぁ……」

自覚した途端、どんどん恥ずかしくなってきて頬に熱が集まってくるのが分かる。隠すように緩む口元を手で押さえていると、固まっていた倉持が元ヤン丸出しの顔で口を開いた。

「そういうところが出過ぎって言ってんだよ」
「痛った」

げし、と蹴りを入れられてしまった。教室だから加減してくれているけれど、痛いものは痛い。蹴られたところを擦りながら伊織先生を見れば、漸く女子生徒から解放されたところだった。そのまま先生を見つめていると、ぱちりと目が合って。彼に抱いている気持ちが恋だと気づいてしまったばかりで、どういう顔をしていいか分からない。どうしよう、と思っていると先生がこちらへ近づいてくる。

「御幸」
「! は、い」
「授業前に職員室来てくれる? 宿題にしてたワークとプリントの返却、手伝ってほしいんだけど」
「はい、」

ありがとうと微笑んだ先生に頬がぶわっと熱を持つ。授業中の完璧な笑顔とは違う優しい表情を向けてくれるこの瞬間が大好きなのだ。いつもはそれを向けてくれると嬉しくなって自然とこちらも顔が綻ぶのだけれど、今日は顔が熱くなるばかりで先生を直視できなくて。頭の中がぐるぐると混乱する。

「顔赤いけど大丈夫?」

伊織先生の手が伸びてきて額に当てられる。綺麗な手に触れられて、また顔が赤くなって。バレてしまうんじゃないかと思うくらい心臓が暴れまわっている。消え入りそうな声で「大丈夫です」と言えば、「無理しないようにね」と言ってするりと手が離れていった。名残惜しいと思ったけれど、これ以上触れられていれば心臓がもたなかったかもしれない。

「じゃあまたあとで。よろしくね」

教室から出て行く先生を見送ってから、思わずその場にしゃがみこむ。一部始終を黙って見ていた倉持があからさまに溜め息を吐くのが聞こえた。

「意識しすぎ」
「だよなぁ……。バレたかな」
「まあ、」

はっきりとした返事が返ってくるかと思いきや言い淀む倉持。どうしたのだろうと見上げれば、彼は何とも言えない顔をしていた。目が合って、今度は意地の悪い笑みを向けられる。

「伊織先生、鋭そうだし。もしかしたらずっと前から気づいてっかもな」

ヒャハハ、といつものように笑って自分の席へ戻っていく。笑い事じゃないんだけど、と独り言ちて溜め息をこぼした。



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