これが、恋?(倉持視点)



気づいたのは、3年生になって最初の古典の授業から1ヶ月ほど経った日のことだった。係の仕事で伊織先生と関わる機会の多い御幸が、少しずつ変わってきている。……伊織先生のことを見る御幸の目が、というのが正しい。

はじめの頃は、教え方も生徒の扱いも上手い先生への憧れか何かかと思っていたのだが、最近は明らかに違った熱がある。授業中も休み時間に話しかけるときも、伊織先生を見つめる瞳にははっきりとした恋慕があった。廊下で見かけたときに目で追ってしまっているのも本人は自覚しているのか分からないけれど、見ているこちらからすれば砂を吐いてしまいそうなほどに甘い。

それでも他人の恋路をどうこう言うつもりはなかったから放っておいたのだけれど。最近の御幸は、伊織先生が絡むと分かりやすく機嫌が変動する。それが表情に出過ぎているのがずっと気になっていた。クラスでも察しのいい奴らは気づいている可能性があるのだ。一応釘を刺しておくか、と今日も今日とて伊織先生を見つめる御幸に声をかけた。

「口挟むつもりはなかったんだけどよ。お前それ無自覚?」
「何が?」

質問に質問で返される。女子に囲まれている先生を見て苛立っているからなのか、本当に無自覚なのか。どちらなのかは分からないけれど、言葉に険があるから苛立っているのは間違いないだろう。溜め息を吐いて口を開いた。

「人の恋愛に首突っ込むつもりはねぇけど、表情に出過ぎ。もう少し抑えろよ」
「えっ」
「は?」

本気で驚いた顔をした御幸に、思わず眉間に皺を寄せた。どういうことだ。どうしてこんなに驚いているのだ。表情に出ていたのに気づいていなかったのか、それとも、まさか──。

「これって恋愛感情だったの? 憧れとかじゃなくて?」
「は……?」

今度は開いた口が塞がらない。まさかが的中してしまった。表情に出ていることは分かっていなくても、恋愛感情については自覚していると思っていたのだけれど。そもそも伊織先生に恋愛感情を抱いていること自体分かっていなかったのか。これだけ態度に出しておいて、憧れだと思い込んでいたことが恐ろしい。御幸は呑気に「あー……なるほど。恋かぁ……」なんて呟いていて。隠すように口元を手で押さえているけれど、緩んでいるのなんてバレバレだ。

「そういうところが出過ぎって言ってんだよ」
「痛った」

一応加減はするけれど腹が立ったから蹴りを入れてやった。御幸は俺が蹴ったところを擦りながら、廊下にいる伊織先生をまた見つめている。さっき注意したばかりなのに物凄く表情に出ている。呆れていると、先生が御幸に近づいてきて。

「御幸」
「! は、い」
「授業前に職員室来てくれる? 宿題にしてたワークとプリントの返却、手伝ってほしいんだけど」
「はい、」
「ありがとう」

伊織先生が微笑むとぶわっと顔を赤くする御幸。これで気づかない方が可笑しいだろ、と小さく溜め息を吐く。先生だって気づいているんじゃないかと思って彼に目を向けて。

──まじか、

近くでしっかり見ないと分からないくらいだけれど、先生の瞳の奥に御幸と同じ色が見えた。笑顔一つとってみても、他の生徒に見せるものと御幸に向けるものがまるで違っている。これまで授業中に見せる完璧な笑顔しか見たことがなかったけれど、今御幸に見せている笑顔を見て確信した。おそらく他の先生や生徒にはバレないよう上手く取り繕っているのだろう。俺だって、こんなに近くで見ているから分かったのだ。そうでなければ絶対に気づかないくらい隠し方が上手い。

「顔赤いけど大丈夫?」

伊織先生が御幸の額に手を当てると、また御幸が赤くなる。こいつこんなに表情変わる奴だっけ。「大丈夫です」と答える御幸は全然大丈夫そうではない。というか声ちっさと突っ込みたくなるほど消え入りそうな声だった。またあとで、と言って教室から出て行く先生を見送る。その場にしゃがみこむ御幸を横目に、呆れ返って溜め息をこぼした。

「意識しすぎ」
「だよなぁ……。バレたかな」
「まあ、」

俺にとっては伊織先生の御幸に対する気持ちの方が衝撃的だったから、少し言い淀んでしまった。でも、おそらく先生も御幸の気持ちには気づいているのではないかと思う。イケメンだしモテるだろうから経験は豊富なのだろうし。特に御幸のことは先生もよく見ているだろうから、気づいているのは間違いないはずだ。

「伊織先生、鋭そうだし。もしかしたらずっと前から気づいてっかもな」

先生と生徒という立場上の壁はあるけれど、好き合っているのなら最終的にはなんとかなるのだろうと思う。なんとなくだけれど、伊織先生が御幸を手離すことはないような気がする。御幸も厄介な人に恋をしたもんだなと思うけれど、彼自身も厄介な性格をしているから、案外お似合いかもしれない。

近い将来2人が並んで歩く姿を見られるかもしれないなんて思って、笑いながら自分の席に戻ったのだった。



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