真っ直ぐにしか、愛せない



伊織先生に好きな人がいると知ってから、ずっと悩んでいる。想いを伝えるべきか、伝えずにいるべきか。どちらにしても後悔しそうだけれど、先生と先生の好きな人が付き合ってしまえば、さらに伝えづらくなるのは分かっている。それに、伊織先生に好きと言われて断る人なんていないと思うから、彼が好きな人に想いを伝えてしまえば恋人という関係になるのはほぼ確実で。それなら今のうちに玉砕覚悟で伝えてしまうべきか。もうこの気持ちは知られてしまっているかもしれないけれど。

「うーん……」

そうは思いながらも結局伝える勇気が出ないから、今まで伝えられていないのだ。溜め息を吐いて机の上に広げた問題集に視線を落とす。端から見れば真面目に勉強しているようだけれど、実際頭の中を占めているのは伊織先生のことばかり。また溜め息がこぼれた。

「悩んでるね、どうしたの」
「え、」

視線を上げると、伊織先生が前に立っていて。驚きすぎて椅子ごとひっくり返りそうになったのを、なんとかバランスを保って耐える。それを見てくすくすと笑う先生。また、笑ってくれた。

「ふふ、慌てすぎ。呼んだのは御幸だよ?」
「いや、まだ来ないと思ってて。すみません」

というよりは、今まで考えていた伊織先生その人がそこに立っていたことに驚いたというのが正しいのだけれど。テスト期間中で、分からないところを教えてもらおうと伊織先生にお願いしたのは今朝のことで。放課後教室行くから待っててと言われて、誰もいない教室で問題集を広げて待っていたのだ。

「いいけど。何か悩んでる?」

前の席の椅子に座って、覗き込むように見てくる先生。まさか本人に、貴方に想いを伝えるかどうかで悩んでいますなんて言えるわけがない。大丈夫です、と言って視線を問題集に戻す。話題を勉強に切り替えて、分からないところを聞くことにした。

「こことここが分からなくて、」
「ああ、これは……」

説明してくれるのを聞きながら、ときどきちらりと先生の顔を盗み見て、見惚れてしまって。集中しないといけないのは分かっているのだけれど、こんな機会あまりないからとつい見すぎてしまっていると。

「見すぎ」

ふ、と笑われてしまったけれど、そんな表情も格好よくて。かあっと頬に熱が集まるのが分かる。

「すみません、」
「いいよ。文法の教科書ある?」
「あ、はい」

文法の教科書を出して手渡せば、指先が触れて。思わず分かりやすく手を引っ込めてしまった。教科書は先生が持っていたから落ちることはなかったけれど、今の反応は絶対に不自然だった。先生がそれに気づかないはずがなくて。また顔を赤くしていると、先生は意地悪な顔をして笑う。この笑い方を見たのは2度目だ。

「かわいい反応するね」
「っ……」

顔の熱が引かない。見られたくなくて俯けば、先生に笑いながら謝られる。

「ちょっとからかいすぎたね、ごめん」

ふわりと頭を撫でられる。そんな優しい声で言われて、優しく触れられたら、勘違いしそうになる。伊織先生、スキンシップ苦手なんじゃないの。他の先生や生徒に、伊織先生から触れているのなんて今まで見たことがなくて。なのになんで俺にはそうやって優しく触れるのだろうか。そんなの、期待してしまう。

「……です、」
「え?」
「好きです、伊織先生」

気づいたら声に乗せてしまっていた。2人きりの教室がしんと静まり返る。俺は今なんて言ったんだろうと固まったまま考えて、音にした言葉を頭の中で繰り返した。反芻して漸く理解してから、言ってしまったと一瞬で後悔する。先生を見れば、驚いたように目を丸くしていて。返事なんて分かりきっているから、彼が驚いている間に、反射的に問題集と鞄を引っ掴んで距離を取る。

「っ、すみません」
「御幸!」

それだけ言って、全速力で走る。名前を呼ばれても止まらずに走り続けた。教室を出て、廊下を走って。玄関まで来て、靴箱に背中を預けてずるずるとしゃがみこむ。
言ってしまった。想いを、告げてしまった。

「これからどんな顔して授業出ればいいんだよ……」

今日一番の深い溜め息が出て。これからのことを考えるときりきりと胃が痛んで仕方なかった。



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