保護

履き違えの攻防戦

「俺は長谷部、お前のことが好きなんだ……その、多分なんだが、恋愛的な意味で」

 同室者である日本号から「話がある」と声を掛けられた。
 かつて出陣中にも関わらず一悶着起こしたことがあった日本号と長谷部だったが、今では誰が見ても仲の良い間柄であった。それこそ、普段世間話をするのにわざわざ「話がある」と前置きするようなことはなかった。だからこそ長谷部はそれなりに大事な話が切り出されるのだと判断し、日本号の方へ真っ直ぐに向き合った。
 そこから冒頭の一言だ。長谷部はぽかんと口を半開きにしたまま固まるしかなかった。
 刀剣男士として顕現する前から、その美しい本身から人気の高かった日本号。そのため好意を向けられることも多かったが、何百年もの付き合いの中で色恋の話題は聞いたことは一度もなかった。そんな日本号が恋愛の念を覚えるなんて……!
 驚きに口が開いたままだったことに気付いた長谷部は唇を真一文字に結ぶと、向かい合う日本号の顔を伺う。見下ろしてくる日本号の顔はどういうわけか喜怒哀楽のどれにも当てはまらないような、限りなく無に近いものだった。しかし長谷部を見つめる目は仄かに赤くなっており、興奮を抑えているのがわかった。
「長谷部?」
 伺う声音は柔らかくてとても優しい印象を覚える。視覚と聴覚から得られる情報のちぐはぐさに、長谷部は堪らない気持ちになってきた。
「お、」
 声が震えそうになったので一旦深呼吸をする。
「……思えばこの数日間、お前の振るまいに引っ掛かりを覚える場面が何度かあった。普段以上に目を見て話してきたり、かと思えば何も言わず隣に座ってじっとしていたり……ああ、そういえばやけに体に触れるようにもなった気がする。それは俺の気のせいではなく、恋愛から来る行動だったのか?」
「まあ、それはそうなんだが、気付いていたのか」
「露骨だったからな」
 長谷部の一言に、まるで攻撃を食らったように日本号がよろける。だが、すぐに体勢を整える。
「そこまで気付かれてるんなら言っちまうか。俺はあんたにずっと前から好意自体は抱いていた。だが、それが恋愛のものだと知ったのはお前さんを見ている内に性欲を抱いたからだ」
「性欲?俺とまぐわいたいのか」
「そ、そういうことなんだが、そうはっきり言うんじゃねえ!」
 日本号の声が大きくなり、一気に顔が赤くなる。これまで日本号と性的な話題をしたことがなかったのもあり、新鮮な反応に長谷部は内心跳び上がりそうなくらい盛り上がる。
「そうかそうか。そうか……お前が性交したいとはなあ。少し前まではあんなに小さくて愛らしかったお前が、」
「いつの話してんだよ」
「ほんの三百年くらい前の話だろう。お前が恋愛だけでなく、性欲まで目覚めたとは今日は記念日だな。同志として嬉しく思う」
「同志?」
「記念日ならばお祝いが必要だな。鉄板だが赤飯でも炊いてもらったら良いだろうか。いや、赤飯は意外と時間がかかるというし……取り敢えず黒田の面々には報告するか。日光の奴が兄貴面して何をするか心配だが、これ程の出来事を隠すのも如何なものか……まあ兎に角伝える一択か。おい日本号、主にはこのことを伝えたのか?お前に浮いた話がひとつもないことを気にされていることがあった。まだであれば伝えてくれ」
「お、おう」
「俺はまず、博多辺りに報告してくる。きっと赤飯以外に良い案を出してくれるだろう」
 言いながら長谷部が駆けていく。その足の速いこと、日本号が引き留めるために伸ばした手は空を掴むしかできなかった。
「まだ、告白の返事を貰ってないんだが」
 長谷部の様子は誰が見ても喜んでいるようだった。それは良いし、強く拒否されることも想定していた日本号にとっては有り難い反応ではあった。だが、告白を受けた長谷部が「同志として」と言っていたのが非常に気になる。
 それに、長谷部が喜んでいた理由は告白されたことではなかった。そうなると喜んではいても断られる可能性は十分に考えられる。
 それはまあ、残念ではあるが、長谷部にその気がないのなら仕方ない。それよりも問題なのは黒田の連中に告白のことを知られた末に振られるかもしれない事態だ。振られるだけでも堪えるというのに、そんなことになれば流石の正三位でも耐えられない。





 粟田口の大部屋の片隅、博多は神妙な面持ちでお茶を啜っていた。そして卓袱台を挟んで向かいに座る長谷部も同様の表情をしていた。
 少し離れたところでは花札に興じる粟田口の面々が楽しげに声を上げている。とても賑やかだったが、卓袱台を囲む二振りはまるで夜中に内緒話をするが如く静かだった。
「とりあえず話ば整理しよか」
「ああ。特に俺はそれをすべきだ」
 どちらともなく溜め息が出てしまう。
 長谷部が博多のところへ訪れたのは数分前。日本号に恋愛感情と性欲が芽生えたことを報告し、それはもう日本号とのやり取りも事細かに話した。
「まず、日本号は長谷部んこと好いとうと話ばしたっちゃんね」
「ああ」
「それで、そん「好いとう」ちゅうのは恋愛的な意味やとも説明されたと」
「そうだ」
「そしてそん気持ちが普通ん好意とは違うと気付いたきっかけは、長谷部に性欲ば覚えたからってことやったね」
「そうだな」
「そん話ば長谷部から聞いた俺はなんて返した?」
「お付き合いすることになったんだ。おめでとう、お祝いの催しをしよう。だった」
「そうやね。それに長谷部はなんて返した?」
「…………誰と誰が付き合うんだって、」
「言うたねえ」
「……」
「日本号と長谷部以外おらんと俺は思うんやけど?」
「そう、だな」
 言葉を重ねる毎にどんどん青ざめていく長谷部に、博多はお茶を飲んだばかりなのに喉の渇きを覚える。
「別に、聞いていなかったわけではないんだが、日本号もついに色恋の話をするようになったんだと思ったらそれで頭が一杯になってしまって……」
「それでも、流石に告白したとに返事以外んリアクションされた日本号がかわいそうばい」
「うぐ、」
 日本号の心境を容易く想像できた長谷部は唸る。俺が同じ立場だったら下手したら発狂するかもしれない。
「まずは告白の返事ばするのが第一やね。どげん返事するにしても、遅うなったら面倒ばい」
「それはそうだな。……俺はお前に応えら、れな…………なんて、言えない」
「ええ?」
「だってそうだろう!? 改まった態度で告白をしてきた日本号にそんなことは……男色に全く気が向かないから性欲を向けられても応えられないなんて言ったらどうなることやら……」
「日本号はそげん繊細じゃなか思うけど」
「いや。あいつは結構色々と気にする性質だぞ」
 そんな風に日本号を見るのは長谷部くらいだ。そう言いたい気持ちをぐっと堪えながら、博多は温くなったお茶を飲み干した。

 織田に在った頃のことだ。その時代には衆道というものがそれなりにあり、性行為を半ば強引に実行している場面も何度か見たことがあった。そのため、男性同士での性行為は一方的に行われる暴行のイメージがあったのだ。
「男同士の性交に苦手意識ばあるんはわかったばい」
「そうか?これから詳しく話そうと思ったんだが、」
「近くに兄弟が居るけん、やめてほしか」
「……配慮に欠けていた。すまない」
 謝罪する長谷部は、それでも数分前に比べて幾分か顔色が戻ってきている。
「みんなまだ気付かんから良か良か!理由ばあるならちゃんと断るんも優しさばい」
「それもそうだな」
「ううんと。『お前の気持ちは嬉しい。しかし俺はお前の性欲まではどうすることもできない』んごと言うてみたらどう?」
 確かに、悪くない文言かもしれない。短いながら日本号へのフォローもあるし、断る理由もわかりやすい。参考にさせてもらおう。
 話を聞いてくれた博多に礼を言うと、長谷部は日本号がいるだろう自室へ戻る。行きに比べて足並みはゆっくりだったが、粟田口の部屋から然程遠くない自室はすぐに到着する。
 そんな自室前にどっかりと座っているのは日本号で、こちらに気付くと片手を挙げた。
「思ったより早く戻ってきたな」
「ま、まあな」
 ちらりと伺った日本号は激昂している様子はなく、寧ろ和やかな雰囲気すらある。だが、ゆっくりと立ち上がると長谷部の手を引いてきた。決して強い力ではなかったが、ここから逃さないとする意図は十分に感じられて長谷部は内心戦く。自室へ入るとすぐに出入り口の戸が閉められ、いよいよ追い詰められた心地を覚えてしまった。
 入室したら戸は閉める。何もおかしなことではないのに、どうしてこんなに動揺しているんだ。
「すぐに戻ってきたということは返事を期待しても、良いんだよな?」
「あ、ああ。それについてなんだが日本ご、」
 言葉を続けようとしたところ、がらりと勢いよく戸が開く。反射的に長谷部と日本号がそちらへ向けば、小さな包みを抱えた日光がいた。
「粟田口の連中からお前達が付き合うことになったと聞いたので紅白饅頭を持ってきたんだが、愛を語り合っている最中だったか」
「いや、語らおうとしていたが、愛とかそういうのは、」
「恋仲になったのなら隠すことでもないではないか。俺は饅頭を渡したら早々に退散するから、あとは『お若い二人に任せる』ことにしよう」
 若いって大して変わらないだろう。そう突っ込む前に長谷部の手に紅白饅頭が入った包みが押しつけられ、あっという間に日光は退散してしまった。下手に介入される事態にはなってほしくなかったので有り難いところだが、とんでもない勘違いをしているようだ。
「……あの。その、日本号。こういうものを貰った手前であれだが、俺はどうしても性交には抵抗があるんだ。だからお前が望むような関係にはなれない」
「なんだいお前さん、不能なのか?不能なら不能でもいくらでもやりようが「やめろ!お前の口からそんな話は聞きたくない!!」
「大した話はしてねえだろ」
「俺が止めなければする流れだっただろう」
 恥ずかしがる様子のない日本号に長谷部は頭を抱える。今日まで色恋の気配を感じさせることのなかった日本号だが、知識はしっかりあるようだ。しかも俺の知らないことまでも……もしかしてわざわざ調べたのか? この2200年代の技術なら男同士の性交について調べるくらい容易か。ああ、なんてもんを調べてくれたんだ日本号!
 途端に気が遠くなる。しかし気絶するようなことは一切なく、長谷部は意を決したように日本号を睨み上げた。





「長谷部ー、日本号?話はついたとー?」
 長谷部とやり取りをした博多はどうにも気になって、二振りの部屋の前まで来てしまった。恋路を覗き見するのは如何なものと思いつつ、告白された事実をすっかり失念して日本号に恋愛感情が芽生えたことを喜んだ長谷部の姿を見てしまっただけに、少しの不安を覚えたのだ。
 声を掛けてみたが返答はない。それでも室内の二振りの会話はしっかり聞こえてきて、博多は失礼を承知で聞き耳を立てる。
「もう一度言う。俺は性交することに抵抗がある。それにお前も知識はあってもそういうことはやったことはないだろう?そんな俺達が一緒になっては大惨事になると思うんだ」
「そういう考えもあるだろうな。だがそれよりも俺に向ける刃先を下ろしちゃくれねえか、自室で重傷なったなんて洒落になんねえぞ」
 室内は一切見えないが、どうやら長谷部が実力行使に出ているようだ。告白を断りに行った筈がどうしてそうなったのやら。博多は疑問に思う反面、長谷部ならそういう流れにもなるかもしれないと納得するところもある。

 それにしても長谷部は自身の言動について引っ掛かるところはないのだろうか。性交は無理だと強く主張している一方で、日本号からの好意を拒否することは一度もなかった。つまり性交さえなければ長谷部は日本号と恋仲になること自体は問題にしていないとも解釈できる。少なからず日本号はそのことに気付いているからこそ、長谷部を宥めながらしぶとく会話をしているのだろう。
 これは付き合い始めるのも時間の問題か。そう判断した博多は静かに溜め息を吐きながら、祝杯用の酒はどれにしようか考え始めるのだった。


2024.01.18 18:16


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